シェアハウス経営をはじめよう  >  第9話 ヤマダくん、考えこむ!

第9話 ヤマダくん、考えこむ!

「これは8月に竣工予定のマンション。近くにモデルルームがあるので、内装関係はそこですぐ確認できます」
「はい……」
「こっちは築1年の一戸建て。建売ですが未入居物件なので、中は新築同様です」
「はあ………」
「それと、こちらは築35年の古民家。耐震補強も含めてかなり大がかりなリフォームが必要ですが、その分広くて価格的にもお手頃です」
「…………はぁ」
「こんなのはいかがです? 駅前一等地の雑居ビルで、これも築年数はかなり古いですけど、なんといっても集客に便利です」
「………………うーん」
 ヤマダくんは力なく呻いて、目の前に置かれた紙の束に視線を落とした。その背後では、ワタナベ氏がにこやかに目を細めている。意見を求められない限り、自分からは口をはさまないつもりらしい。ヤマダくんは、テーブルに積まれた物件の図面や概要の数字をぼんやりと目で追っていた。

 ――1月末のパーティに参加した後、ワタナベ氏はシェアハウスへの参入を本格的に検討することにした。不動産オーナーとして10棟以上の商業ビルや賃貸マンションを所有しているワタナベ氏だが、シェアハウスについては経験がないため、これまでは二の足を踏んでいたという。パーティの場では如才なくハウスメイトたちと歓談していたワタナベ氏だったが、「シェアハウスの勉強に来た」というセリフに嘘はなかったようだ。そこで、ヤマダくんに対して「ビジネスパートナーになってほしい」と持ちかけてきたのである。

「つまり、『共同経営者』というふうに考えていただきたいんですが……」
 ワタナベ氏はそう言ってヤマダくんに目くばせした。
「物件購入資金については、ヤマダさんとの共同出資という形を取らせていただきます。シェアハウス化するにあたってのコンセプト策定や内装プランニング、家具や設備などのコーディネート、完成後のハウス運営などについては、ヤマダさんに全面的にお任せしたいと思います。その分、購入時の出資金の分担については私が多めに負担いたします。利益に関しては折半、ということでどうでしょう?」

 どうでしょう? と訊かれて、ヤマダくんは言葉に詰まった。
 悪い話ではない……というか、良い話である。メチャクチャ良い話である。ハッキリいって、ウマすぎるくらい良い話である。
 現在、ヤマダくんの手持ちの資金は230万円ちょっと……。これでも毎月必死に貯金してきたのだが、物件購入の頭金にあてるには、あまりにも心もとない金額だ。
 しかも、既存物件をリフォームするにせよ、新築物件をシェアハウスに設計変更するにせよ、通常の物件購入よりは費用がかかると見ていいだろう。したがって、このままではヤマダくんの当面の目標である「30歳までに家を買う計画」の実現はかなり困難なものになりそうだった。
 ワタナベ氏の申し出を受けるなら、良い物件があればすぐにでも購入に踏み切れる上に、ヤマダくんの自己資金力では手の届かない「億単位」の物件も選択肢に入れることが可能だ。断る理由など、どこを探しても見当たらないのだが……。

 ワタナベ氏が、彼女の父親であるという事実が、ヤマダくんの決断をにぶらせていた。今はいい。今のヤマダくんはワタナベさんと別れるつもりはないし、結婚ということも視野に入れている。だが、もし将来、ワタナベさんとうまくいかなくなり、別れることにでもなったとしたら……?
 彼女と別れた後で、彼女の父親との共同経営を続けられるほどヤマダくんは神経が図太くできてはいない。おそらくは身ひとつで出ていくことになるだろう。出資した分もパーになり、住む家も失い、仕事もどうなるかわからない……。
 だからといって、「お嬢さんと別れるかもしれないからこのお話はお断りします」などと、その父親に向かって言えるものではないし……。

「とてもありがたいお話だと思います。……少し、考えさせてください」
 けっきょく、ヤマダくんはワタナベ氏の提案に対してそう応えるにとどまった――少なくとも、その場では。
 ところが……。

 ヤマダくんが態度を保留しているうちに、ワタナベ氏のほうがどんどんその気になっていったようだ。懇意にしている不動産屋を紹介する、という名目で毎週のようにヤマダくんを呼び出し、候補となりそうな物件を片っぱしから俎上に載せていく。
 今日も今日とて、日曜日の午後からワタナベ氏に呼び出され、ワタナベ氏の旧知の不動産屋から候補物件の説明を受けているヤマダくんである。すでに10件近い物件の資料がヤマダくんの前に積まれていた。

 まず、4LDK90平米の新築マンション。比較的スタンダードな間取りで、シェアハウス化すれば8室から10室は取れるだろう。所在地は23区のはずれのほうだが、価格は新築でこの面積ということを考えるとかなりの破格値である。
 続いて、未入居の戸建住宅。3階建てで、1階を共用スペースにすれば2・3階にそれぞれ6室は取れる。しかも、もともと各フロアにトイレが付いた設計のため、改装工事費用を安く抑えることができそうだ。
 木造瓦葺きの古民家は、昭和風レトロモダンな外観のデザインが秀逸。この特徴をうまく活かしてシェアハウス化すれば、きっと人気が出るだろう。駅からは少々離れているが、昔ながらの高級住宅街なので治安がいいのも魅力的だ。
 目先を変えて、雑居ビルというのも面白い物件ではある。古いといっても新耐震基準だし、5階建てのいわゆるペンシルビルながら、何しろ駅まで徒歩1分以内という立地条件がすこぶる良い。シェアハウス化すれば16室前後は取れるだろう……。
 いずれにしても、ヤマダくん単独ではとうてい手が出せない物件ばかり。ワタナベ氏の社会的信用と資金力があってこその候補物件である。……とはいうものの。

 いまだ、ワタナベ氏の申し出を受けるかどうかも決断できていないヤマダくんである。
 さて――どうやってこの場を切り抜ける、ヤマダくん?(つづく)


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