第1話 ヤマダくん、一念発起!?

 なにも、やけくそになっていたワケじゃない。

 後になって、ヤマダくんは何度もそう自分に言い聞かせることになる。「もののはずみ」と言おうか、「売り言葉に買い言葉」と言おうか、とにかく、あのときは考えるより先に口から言葉が出てしまったのだから仕方がない。
 見栄もあった。うぬぼれもあった。だが、それ以上にあのときのヤマダくんには現実が見えていなかったのかもしれない。本人以外の者から見ればきわめて当たり前の、過酷な現実が。
 疑わしげな目で見る母親の前で、ヤマダくんはきっぱりと言った。 

「大丈夫。自分の家ぐらい、30までに買ってみせるよ!」

 ――そう力強く宣言した、数日後。

 ヤマダくんは29歳の誕生日を迎えたのであった。
 タイムリミットまで、あと1年……。

 そもそも、どうして「家を買う」なんて話になったのかといえば、ヤマダくんがひさびさに千葉の実家に顔を出したのがきっかけだった。ヤマダくんは就職と同時に都内にアパートを借りてひとり暮らしを始めることにした。実家からでは通勤に不便というのがその理由だったが、要は親と同居していては息が詰まるというのがヤマダくんの本音だった。
 仕事の多忙を言い訳に、この正月にも実家に帰らなかったヤマダくんだが、先日の東日本大震災の後では、さすがに実家のようすを見に帰らないわけにはいかなかったのだ。さいわい、実家は海岸から遠く、地震の影響はほとんどなかった。そのかわり、ヤマダくんは両親の、とくに母親の説教をたっぷり聞かされるハメになった。

「アンタね、たまには顔を見せなさいよ」
「ちゃんと食事はしてるのかい? 外食ばかりだと体こわすよ」
「結婚とか考えてる? 誰かいい人いないの?」

 そんな、耳にタコができるような説教がひとしきり済むと、母親は急に話題を変えた。

「住むとこはどうするの? いつまでもアパート住まいじゃ……」

 それは、母親に言われるまでもなく、ヤマダくんも気にしていたことだった。いま住んでいるアパートは23区のはずれにあり、交通アクセスがイマイチなわりに家賃は割高。2DKなのでひとり暮らしにはじゅうぶん過ぎる広さだが、逆にその広さをもてあましてもいた。同じくらいの家賃なら、都心のワンルームマンションにでも引っ越そうかとも考えていた矢先、先日の東日本大震災では電車が停まり、帰宅難民になってしまった。8時間がかりでようやく歩いてアパートまでたどりつき、風呂を沸かす気力もないままひっくり返ったヤマダくんは、今度こそ本気で引っ越し先を探そうと思ったものだ。

 そう話したとたん、母親は違うちがうと首を振った。

「そうじゃなくて、将来を考えて住むところはどうするのかって話。この家に同居するっていってもねぇ……」

 話が妙な方向に行きかけたので、ヤマダくんはあわてて言った。

「いや。どうせなら、おれ、自分の家買うから」

「何言ってるんだい。家なんてそうカンタンに買えるわけが……」

 その母親に対する答えが「家ぐらい、30までに買ってみせる」という冒頭の発言だったのである。無謀というか、無知というか、知らないものは強いというか……。

 さて。「30歳までに家を買う」という目標をぶちあげたヤマダくんのスペックはといえば。

 ・年収:420万円(賞与込み・ここ3年間昇給なし)
 ・貯蓄:100万円(昨年暮れの賞与でやっと大台到達)

……………………はぁ。

「やっぱ、無謀かな」(テヘッ)

 いや、(テヘッ)じゃないよ、ヤマダくん? この収入とこの貯蓄で何をしようというつもりだ?

 29歳の誕生日。ヤマダくんはとりあえず、駅のラックに置かれている住宅関連のフリーペーパーを4、5冊持ち帰り、遅ればせながら情報収集にとりかかった。会社の最寄のターミナル駅を中心に、とにかく安そうな物件を探す。駅からの距離、築年数、広さ……。

「……はぁ」

 10分と経たないうちに、ヤマダくんはフリーペーパーをほうり出し、大きくタメ息をついた。こだわらなければ、安い物件はたしかにある。しかし、当たり前の話だが、どれもこれも条件が良くない。駅からバスで10分以上とか、築30年以上とか、とても一生住みたいと思えるような物件ではなかった。
 どうせ買うなら新築。それも、一戸建てか、マンションなら最低3LDK以上。 そんな物件が格安で手に入るような虫のいい話が、そこらに転がっているはずもなかった。

 ――よぉし、こうなったら……!

 ふいに、何かを決意したようにヤマダくんは顔を上げた。拳をぐっと握りしめ、誰もいない自室でポーズをとってみせる。何か妙案を思いついたのか?

「……競馬で一発、大穴当てるしかないぜ!!」

 ……ダメだ、こりゃ。

(つづく)

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