第3話 ヤマダくん、申し込む!

「マイホームをタダで手に入れる……?」

 しつこいマンション販売営業のセールストークをヒントに、「家賃収入でローンを返済する」という裏ワザの存在を知ったヤマダくん。いろいろネットで調べていくうちに、とある不動産関連のサイトで出くわしたのが、この、いささか怪しげな文言だった。

 世の中にそんな美味い話はない。タダより高いものはない。そんなことは百も承知のヤマダくんだったが、その方法論にはやはり興味があった。もしかするとヤバい情報商材みたいなものかもしれないが、その場合でも「購入する」をクリックしなければ妙な請求書が届くこともないだろう。届いたとしても架空請求だから気にすることはない……。
 と、ほんのちょっとの逡巡はあったものの、ヤマダくんは思い切ってそのサイトを開いてみた。 トップ画面のデータが重たいのか、一瞬、立ち上がりに手間取ったものの、開いてみるとごくふつうの企業のホームページのようだ。問題の「マイホームをタダで手に入れる方法」とやらは、その不動産会社が主催しているセミナーの題目らしい。
「何かと思えば、集客目的のセミナーだったのかよ……」
 とたんに興味を失いかけたヤマダくんだったが、一応、その不動産会社が扱っている物件くらいは見てみようと、改めてホームページの内容に目を落とした。

「シェアハウス……?」

 どこかで聞いたことがあるような、ないような、ちょっとあいまいな用語だった。頼りない自分の記憶をさぐるより、ヤマダくんは先を読み進める方を選んだ。シェアハウスの概念、市場、特性……シロウトにも分かりやすい文章で、要領よくまとめてある。15分ほどかけてひと通りざっと読み終え、ヤマダくんはまた考えこんだ。
 シェアハウスとは、要するにバス・トイレ・キッチン共用の寮か下宿みたいなものらしい。居住スペースを細かく区切ることで、狭い面積でも大人数を住まわせることができる。それでいて、家賃設定はワンルームマンションと同等かそれ以上だという。
 これは果たして本当か……?
 たとえば、ヤマダくんが一時期引っ越しを検討していた都心部のワンルームマンションの家賃相場は8万円前後。ファミリータイプの3LDKマンションなら20万円前後というところだろう。この3LDKをシェアハウス化した場合、たぶん5部屋くらいには区切れるだろう。すると、8万円×5世帯で、月当たりの家賃収入が40万円……! ふつうにファミリー1世帯に貸す場合の2倍の収入になる計算だ。
 一戸建てならどうだろう。ひとり暮らしのヤマダくんにはあいにく家賃相場の見当がつかなかったが、それでも、シェアハウス化して分割貸しした方が、1世帯だけに貸すよりはるかに実入りがいいことは想像できた。2階建てなら8人から10人以上に貸せるはず。とすれば、ワンルームマンションの相場より家賃を安くしても月収50万円以上はカタい……。

「いや、待て待て」

 自分に言い聞かせるように、ヤマダくんはそう声に出してつぶやいた。
 たしかに魅力的なプランに思えるが、これはすべて机上の計算だ。入居者をつかまえられなければ、家賃設定がいくらだろうと実収入はゼロ。はじめから満室想定で利回りを計算するなど、大甘もいいところだ。だいいち、シェアハウスなんていう、あまり聞いたこともない物件にわざわざ住みたいと考える人間がどれだけいることやら……。
 ヤマダくんは、どこまでも盛り上がりそうになる気持ちに敢えて水をぶっかけた。とにかく、シェアハウスの是非について判断するには、あまりにも情報が足りなかった。1社のホームページを読みこんだ程度ではとても判断できない。シェアハウスを扱っている会社を片っぱしから調べていってみよう、と。

 ――そして、4時間後。

 いつの間にか明るくなっている窓の外に目をやり、ヤマダくんは無精ヒゲと脂の浮いた顔で大あくびを漏らした。思わず徹夜でハマりこんでしまったが、おかげでシェアハウスに関するおおよその現状は理解できたようだ。
 まず、ハコ(建物)は間違いなく増えているということ。急増している、といってもいいかもしれない。ここ3〜4年で一気に認知度が上がったが、まだまだ拡大の余地があるらしい。ただし、短期間に増えすぎているというのは要注意ポイントでもありそうだ。
 次に、入居者数だが、こちらもシェアハウスの認知度が上がるにつれ、増え続けているようだ。人気のシェアハウスの場合、部屋に空きが出るとすぐに入居希望者が殺到する、という話もある。まあ、当事者が語っている場合には話半分に聞くとしても……。
 そして、シェアハウスに投資する個人投資家も、間違いなく増えてきているらしい。オーナーの趣味や道楽でなく、ビジネスとしてシェアハウスへの投資に取り組んでいる人間が。ただ、彼らのビジネスの成否については、本当のところは分からなかった。

 だったら、直接聞いてみるっきゃないか!?

ヤマダくんは、最初に見た不動産会社のホームページに戻ると、セミナーの参加申し込みをクリックした。
(つづく)


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