第4話 ヤマダくん、体験する?

「……短い間ですが、なにぶんよろしく!」
 そういって、ヤマダくんは頭を下げた。リビングでくつろいでいた6人ほどの若者たちは、それぞれの反応で歓迎の意を表した。にっこり笑って「よろしく!」と元気よく返す者、遠巻きに無言で会釈を返すだけの者、空いているソファをすすめながらさっそく話しかけてくる者……表現はまちまちだが、おおむね好意的な反応であるようにヤマダくんには感じられた。

 ――今日から1週間、ここで暮らすことになる……。

 ヤマダくんは改めて、一同の顔を見渡した。みな、このシェアハウスの住人たちだ。初対面のことで、まだ誰が誰ともわからないが、長い人で2年以上、短い人でもすでに2ヶ月このシェアハウスで暮らしているという。年齢層はヤマダくんとほぼ同年輩くらい、20代後半から30代半ばといったところだろう。小・中・高と転校した経験のないヤマダくんだったが、まるで新しい学校にやってきたばかりの転校生のような、いささか落ち着かない気分を味わっていた。
「ええと、ヤマダさん、だよね? 聞いてるとは思うけど、一応、ひと通りここでの心得について説明させてもらうから」
 ソファをすすめてくれた30代前半と見える青年(アオノ、と名乗った)が、人なつこい表情でそう切り出した。どうやら、かれがシェアメイトのリーダー格らしい。いかにも面倒見のよさそうな好青年で、管理会社の人間も頼りにしていると聞かされていた。シェアメイトとして「できること」や「やってはいけないこと」などのハウスルールを要領よく説明するアオノさんのようすを観察しながら、ヤマダくんはしみじみと考えこんでいた。
 ――なるほど……シェアハウスの運営には、こういう人の存在が重要なんだな。

 ここで、話は1ヶ月ほど前にさかのぼる。
 ある管理会社が主催するシェアハウス投資のセミナーに参加したヤマダくんは、そこで「目からウロコ」の思いを何度も味わった。セミナーの眼目は「マイホームをタダで手に入れるシェアハウス投資術」。30歳までにマイホームを手に入れる、との大目標を立てたものの、いっこうに具体的な進展のなかったヤマダくんとしては、ワラをも掴む思いで参加したセミナーだったが、収穫は想像以上だった。今や、ヤマダくんの脳裏には、マイホームゲットまでの青写真がくっきりと描かれていたのだ。
 新築か、悪くても築浅(できれば未入居がいい)の一戸建てをリフォームして、シェアハウス化する。費用は事業併用型ローンを利用する。そして、ヤマダくん自身もシェアハウスの一室に住みながら、入居者を集め、家賃収入を稼ぎながらラクラクとローン返済ができるという仕組みだ。順調にいけば、20年以内にローンを全額返済することができる計算だった。その後はマイホームとしてリフォームするもよし、売却するもよし、そのまま財産として所有し続けるもよし……。
 シェアハウス。ちょっと前までのヤマダくんなら、想像もしていなかった――いや、正直にいって、その存在すら知らなかったモノが、これほどまでの可能性を秘めていたとは!

 ……とはいえ、今のヤマダくんにシェアハウスの知識はほぼゼロ。いきなりシェアハウスオーナーに、なんて考えたとしても、うまくいくハズがない。そこでヤマダくんが考えたのが、この「試しにいっぺん、住んでみっか! 作戦」であった。
 すなわち、オーナーとしてシェアハウス経営をもっともらしく学ぶ前に、まず、入居者として短期間でもシェアハウスで実際に暮らしてみようと考えたのだ。シェアハウスに集まる「シェアメイト」と呼ばれる人々は、どういう人種なのか。何を考え、何を求めてシェアハウスにやってくるのか。そして、どんな日々を送っているのか。
 こればかりは、外から見たり、話を聞いているだけでは絶対にわからないと思った。ひとつ屋根の下に暮らし、生活空間を共有することで、初めて見えてくるものもあるはずだ。
 ヤマダくんは、セミナーの主催者である管理会社とコンタクトを取り、おおまかに事情を打ち明け、空室のある適当なシェアハウスの紹介を頼んだ。ただし、現在住んでいるアパートを引き払い、本格的に引っ越すのは、まだ時期尚早な気がした。シェアハウスのような居住システムは、人によっては、どうしても馴染めないということもあるらしい。自分がそうしたタイプの人間だとは思わないが、それだって実際に住んでみなければ何ともいえない。用心するに越したことはなかった。それに――もしシェアハウスが肌に合わないようなら、マイホームゲットの青写真はすべて絵に描いた餅となってしまうのだ……。

 不安と期待に胸をふくらませつつ、ヤマダくんは1ヶ月近くも待たされた。何棟か目星をつけていたシェアハウスに、なかなか空室が出なかったせいもある。正直なところ、人気のあるシェアハウスの空室率の低さ、それどころか、ひとつの空室に対する入居希望者の競争率の高さは、ヤマダくんの予想を超えていた。ようやく体験入居することができたのは、ちょうどヤマダくんの会社がお盆休みを迎えた8月15日のことだった。
(つづく)

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