第5話 ヤマダくん、ドギマギする

「ね。今からヤマダさんのお部屋に行ってもいい……?」
 そういって、ワタナベさんはヤマダくんのほうをいたずらっぽく見た。グラスを数杯重ねた酔いでほんのり頬を染めているが、口調はわりとしっかりしている。
「え……あ、いや、その……ちょ……それ……!?」
 うろたえて、ワケのわからないことを口にするヤマダくん。もちろん「そういう期待」をしていなかったわけではないが、いきなり「その展開」は想定外だったらしい。

 ――9月の3連休前日のことである。
 その夜、ヤマダくんは会社帰りに、後輩のワタナベさんとふたりきりで食事を楽しんでいた。
 ワタナベさんは、ヤマダくんより5歳年下で、今年の春にお隣の営業1課に配属されてきた新卒女子。ちなみに、ヤマダくんは営業2課の事実上のナンバー2といった立場で、役職はついてないが2課のメンバーからは「リーダー」と呼ばれている。
 このふたりが付き合いはじめたのは、今からほんの1ヶ月ばかり前。ちょうど、ヤマダくんがシェアハウスに「体験入居」していた、会社のお盆休みのことだ。

 入居3日目、ハウスの近くをぶらぶら散歩していたヤマダくんが、偶然、買い物途中のワタナベさんとばったり出くわしたのがきっかけだった。彼女が同じ最寄駅の、ハウスからは徒歩15分ほどの距離にあるマンションに住んでいることを知ったヤマダくんは、体験入居の予定を変更し、そのまま本格的にハウスに引っ越してきてしまったのである。
 当然、以前住んでいたアパートからは1ヶ月分の家賃を請求されたが、不動産屋と交渉して(少し前に不動産屋めぐりをしていた経験が役に立った)半月分の家賃を日割りで支払うことで解決。こうして、ヤマダくんは晴れてシェアハウスの一員となった。

 ……なんだか本来の目的を見失ってしまっているようだが、大丈夫か、ヤマダくん?

 ともあれ、ご近所のよしみで急速に親しくなったヤマダくんとワタナベさんは、今夜のように会社帰りに待ち合わせて食事したり、休日にデートをするような関係になったわけだが……まだ、おたがいの部屋には行ったことがなかった。
 ワタナベさんの方は女性専用マンションなので、送ってきたヤマダくんはエントランスでお別れすることになる。そのいっぽうで、ヤマダくんはまだ、自分がシェアハウス住まいであることを彼女に話していなかった。

「いいでしょ? 明日から3連休なんだし……」
「い、いや、それはまあ……」
「ヤマダさん、ひとり暮らしだったよね?」
「ま、まあ、そうだけど……」
「急に押しかけたら、迷惑……?」
「そ、そんなことは、ぜんぜん……!」

 当たり前のように疑問を投げかけるワタナベさんに対して、妙に歯切れの悪いヤマダくん。これはどうみてもヤマダくんに分が悪い……と思ったら、案の定、ワタナベさんの機嫌がみるみるあやしくなってきた。

「……なんかヘン! ヤマダさん、なにか隠してるでしょ?」
 ヤマダくんを見つめるワタナベさんの目がコワい。これはヤバいよ、ヤマダくん?
「いや、その……べつに隠してたつもりはないんだけどさ。じつは……」

 ――ここでようやく、ヤマダくんは事情を打ち明けることにしたようだ。
 いま住んでいる部屋がシェアハウスであること。
 シェアハウスというのがどんなモノであるかという説明。
 そして、何故シェアハウスに住むことにしたのかという、そもそもの目的を……。
 もっとも、偶然ワタナベさんの近所だったために体験入居から転居に切り替えたことはナイショにしておいた。……まあ、賢明な判断だろうね。

「……だからさ、ハウスのルールで、住人以外の人を部屋に上げちゃマズいんだよ」
 ヤマダくんの脳裏には、入居初日にシェアメイトのアオノさんからハウスルールの説明と同時に聞かされた言葉がよみがえっていた。
『――まあ、ヤマダさんも社会人だからわかると思うけど……ひとつ屋根の下で生活する他人が不快に感じるような行動だけは、おたがい、慎まなければね』

 ひと通り、ヤマダくんの説明が済むと、ワタナベさんはちょっと感心したようにつぶやいた。
「へぇ……。けっこう、いろいろ考えてるんだ……」
 どうやら、シェアハウス云々よりも、ヤマダくんの「30歳までに家を買う宣言」のほうに興味を抱いたらしかった。見かけより意外と将来のことをしっかり計画しているようだと、ヤマダくんのことを見直したらしい。
 そんなワタナベさんのようすに、ほっと胸をなでおろすヤマダくん。どうやら、あらぬ誤解を受けることだけは回避できたようだ。と、そこへ、
「……でもさ」
 ふいに、ワタナベさんの口調が変わった。
「部外者はぜったい出入り禁止、ってことはないんでしょ?」
 意図がわからないまま、あいまいにうなずくヤマダくんに、ワタナベさんはさらに言った。

「だったら今度、正式にご招待してくれる……?」
 反射的にうなずき返しながら、ヤマダくんは(帰ったらアオノさんに相談してみなくちゃ……)と考えていた。(つづく)

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