「ま、楽にしてくださいよ」
にこやかにビール瓶をこちらに突き出す初老の男性を前にして、ヤマダくんはガチガチに緊張していた。グラスを握る手が細かく震え、男性が注いでくれるビールをこぼしてしまいそうになる。
「は、はぁ……ど、どうも……」
モゴモゴと口の中で応えると、ヤマダくんは白い泡の盛り上がったグラスを引き寄せ、
「いただきます……!」
ぐいっと一息にビールをあおった。
そのようすを見て、初老の男性はうれしそうに眼を細めている――が、その眼の奥は笑っていない気がして、ヤマダくんは居心地悪そうに視線を泳がせた。救いを求めるように、男性の背後に設えられたキッチンのほうを覗き見る。1DKの手狭なキッチンでは、この部屋の住人である若い女性が、鼻歌交じりにもてなしの料理の腕をふるっていた。
(なんだってまた、こんな展開になっちまったんだろう……?)
ヤマダくんは正面に座った男性に気づかれないように、そっとタメ息をついた。
クリスマスも近い12月の中旬、ヤマダくんは珍しくワタナベさんとほぼ同時に会社を出た。定時は1時間ばかり過ぎていたが、繁忙期にしては1時間程度の残業ならむしろ早上がりのほうだろう。もちろん、偶然ではなく、示し合わせての行動である。ヤマダくんは会社を出ると、少し先に出たワタナベさんとビルのエントランスで合流する。
「今夜は食事、どこにしようか?」
ヤマダくんが訊くと、ワタナベさんは何故か首を横に振り、今から私の部屋に来て、と言う。ワタナベさんが住んでいるのは、たしか男子禁制の女性専用マンションのはずだ。どういうことかと重ねて訊くと、今夜は管理人に許可をもらっているから大丈夫だという。そんな裏ワザもあるのかと、深く考えもせず、ヤマダくんは初めて彼女の部屋に招待された喜びに胸を高鳴らせていた。
だが――。
ワタナベさんの部屋には、先客がいた。
ロマンスグレイの、いかにもダンディな身なりをした男性だった。
「紹介するわね、こちら、会社の先輩のヤマダさん」
ワタナベさんはそういって男性にヤマダくんを指し示し、次にヤマダくんに向かって、
「ヤマダさん、こちら、父です」
(何かあるとは思ってたんだ。けど、まさか、こういう事態になろうとは……)
男子禁制といっても、さすがに父親は例外だ。それにかこつけて外来者の入館許可を取り、ついでに彼氏を部屋に招待して、父親と引き合わせてしまおう――というのがワタナベさんの計画だったらしい。もしかすると、父親と一対一になるのが気づまりなのかもしれない。いずれにしても、ヤマダくんはまんまとハメられたわけだ。
予想もしていなかった「彼女のお父様」とのご対面に、ガチガチに緊張しまくっていたヤマダくんだが、ほどよくアルコールが回り、ワタナベさんが腕によりをかけた手料理がテーブルに並びはじめるにつれて、じょじょに舌が滑らかになってきた。
ワタナベさんのお父様――というか、ワタナベ氏は、商業ビルや賃貸マンションを10棟以上も所有するオーナーなのだという。近年のビル不況のなかでも、所有ビルの空室率は2%を切っているというから、オーナーとしてはかなり優秀な部類だろう。しかも、先祖代々の地主というわけではなく、ほとんどはワタナベ氏自身の才覚で入手した物件らしい。
これからシェアハウスで不動産投資に乗り出そうというヨチヨチ歩きのヤマダくんから見れば、大先輩というより、もはや雲の上の人といっていい。しかし――この雲上人、もとい、ワタナベ氏は、一方ではものすごく謙虚な人物だった。
「シェアハウス……ですか……?」
話の流れで、ヤマダくんがふと、近い将来の野望である「30歳までに家を買う計画」について漏らすと、ワタナベ氏は興味をそそられたようだった。
「ひと通りのことは聞きかじっていますが、私にはシェアハウスというものがまだよくわからない。ビジネスモデルとして、はたしてどこまで有効なものなのか……」
その、ワタナベ氏の言葉に、ヤマダくんが思わず反応した。
「はっきりいって、僕にもまだわかっているとは言い切れません。ですが……」
ヤマダくんは語り始めた。シェアハウスの可能性、市場の将来性について。また、実際に住んでみた感覚、住み心地、コミュニティの楽しさ。そして、ヤマダくんが抱く将来の夢……。語るうちにどんどん言葉が熱を帯びてくる。いつしか、自分が誰と話しているのかも忘れ、ヤマダくんはとめどもなく語りつづけていた。
「……なるほど」
話がひと区切りついたところで、ワタナベ氏は深々とうなずいた。
「シェアハウスについては正直、まだよくわからない部分もいくつかありますが、ヤマダさんのお人柄と、シェアハウスに賭ける熱意については、たいへんよくわかりました。……そこで、私のほうからひとつ、提案があるのですが」
「提案……?」
予想もしなかったワタナベ氏の言葉に、ヤマダくんはとまどった。
「ええ。……たいへん失礼ながら、今のヤマダさんには足りないものがふたつある。おそらくご自分でも気づいていると思いますが……?」
「…………?」
「ひとつは『実績』。もうひとつは『資金力』です」
「……はぁ」
『実績』と『資金力』――たしかに、そのふたつは、今の自分にはないとヤマダくん自身も思う。しかし、ワタナベ氏は何故わざわざそんなことを指摘するのだろう?
「提案というのはですね、ヤマダさんに足りないそのふたつについて、私にお手伝いできることはないだろうか、と……」
「????」
「つまり……」
続いて発せられたワタナベ氏のひと言で、ヤマダくんは文字通り飛び上がった。
(つづく)
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