第8話 ヤマダくん、招待する!

 ザクッ、ザクッ、ザクッ……。


 路面にへばりつくように凍結している雪を、先端の平たい雪かき用のシャベルでこそげ取りながら、ヤマダくんは、ふう、と小さく息をついた。
 午前6時。1月下旬の朝の冷気に、蒸気機関車のように白い息がぽっ、ぽっ、と漏れる。
 うっかり深呼吸すると、肺の中まで凍りつきそうな寒い朝だった。軽く頭をふり、ヤマダくんはふたたび雪かきに精を出す。ヘタに動くのを止めたら、雪かき作業で汗ばむくらい火照った身体が急激に冷気にさらされ、風邪をひいてしまいそうだ。
 そこへ、
「――ヤマちゃん、そっちはどう?」
 と声がかけられる。
「裏のほうはもう終わったから、手伝おっか?」
「悪いね、カワちゃん」
 そう言って、ヤマダくんは、シャベルをぶら下げて近づいてくる青年にちょこん、と頭を下げてみせた。カワちゃん――シェアメイトのカワムラくんとは年齢も近く、妙にウマが合ったとみえて、おたがい「ヤマちゃん」「カワちゃん」と呼び合う間柄だった。


 ――都心では6年ぶりだという大雪が降った、その翌朝のことである。
 たまたま表の掃除当番に当たっていたヤマダくんたちは、シェアメイトたちが出勤する前にと、いつもより早起きして雪かきすることになった。
 が、これが予想以上にしんどい作業だった。
 雪が止む前にみぞれまじりの雨に変わったため、いったん融けかけた雪が、明け方の厳しい寒気でカチンカチンに凍りついている。ハウスには一応、備品として雪かきシャベルはあったが、長靴までは用意されてなかったから、ヤマダくんは自前のスニーカーを履いていたのだが……足元がつるつる滑って危なっかしいし、踏んばりがきかないのでおそろしく効率が悪い。
 ヤマダくんが入居しているシェアハウスは、個室の多い建物の背面が南を向いているため、玄関のある正面側は必然的に北向きである。冬場はほとんど日が当たらないので、放っておくと何日も雪が融けずに残ることになるのだ。
(アパートに住んでたときは、管理人が雪かきしてくれたよな……)
 黙々と手を動かしながらも、ヤマダくんはそんなことを考えていた。
 無愛想な管理人だったが、仕事だけはキッチリやってくれたものだった。実家にいたころは、父親がやってくれていた。たいして雪の降らない土地だったとはいえ、ほんの数センチの雪でさえけっこう大変なのだ。
 思わず、父親に感謝するヤマダくん。なんだか、今日はやけに殊勝な心がけだねぇ……。


 ――雪かきを終えたヤマダくんたちがハウス内に戻ると、リビングにいたアオノさんが待ち構えていたように言った。
「お疲れさん。……コーヒー、飲む?」
「あ、ども。今朝は早いッスね」
「この雪だからね〜。電車も遅れてるみたいだし、早めに出ようかと思ってさ」
 3人はリビングのソファで熱いコーヒーを啜った。
「そうそう、週末の歓迎会のことなんスけど……」
 ふいに、思い出したようにカワムラくんがアオノさんに言う。<p>
 ヤマダくんがここのハウスに入居してかれこれ5ヶ月になる。その間、住人の入れ替わりはほとんどなかった。年末にひとり、退去者が出たものの、年明けにはもう次の入居者が決まっていて、先週越してきたばかりだった。そこで、今週末には、新しい住人の歓迎会という名目でパーティが開かれることが決まっていたのである。
「……友だち、誘ってもいいッスよね?」
「かまわないけど、何人くらい?」
「あ。ひとりッス」
「オッケー。……ヤマダくんは? どうする?」
 アオノさんが突然、ヤマダくんに話をふってくる。以前、外部の人間をハウスに招待したいと相談したことがあるのを覚えていたのだろう。それからまもなく会社が繁忙期に入ったため、それきりになっていたのだが……。
「いいんですか? それじゃ、ひとり……」
 と言いかけて、ヤマダくんは慌てたようにつけ加える。
「あ……あの、もしかしたら、ふたりになるかも……」


 ――その週の後半、ヤマダくんはなんとなくそわそわしながら過ごしていた。
 仕事で初歩的なミスをやらかしてクライアントのところへ謝罪に行ったり、社内伝票の提出が遅れて経理にさんざん文句を言われたりした。 そんなヤマダくんのようすを、ワタナベさんは心配そうに見ていたが、あえて口に出しては何も言わずにいた。そして、会社帰りにふたりで待ち合わせては、駅前の喫茶店でしばらく話し込むこともあった。


 こうして――なんだかんだで、慌ただしく週末がやってきた。
 パーティの開始は午後6時からだったが、3時過ぎにはシェアメイトの何人かが食材を買いこんできたり、会場になるリビングを片づけてパーティの準備をはじめていた。ヤマダくんとカワムラくんは、新しい住人・ヒノくんのためにちょっとしたサプライズのプレゼントを買ってきた。そして5時過ぎ、彼らが今日のパーティに招待したゲストをそれぞれ迎えに出ていったあと――。


 ふいに、玄関のチャイムが鳴った。
 シェアメイトのひとりが出迎えに行くと、そこに、場違いな高級スーツを着こなしたロマンスグレイの紳士が立っていた。
「はじめまして。こちらのヤマダさんのご招待で参りましたワタナベと申します。今日はシェアハウスというものを勉強させていただこうと思いまして……」
 初老の紳士――ワタナベ氏はそう言って、にっこりと笑った。
(つづく)


 

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