第10話 ヤマダくん、内見する!

「新築……ですか?」
 ワタナベ氏は、やや意表を突かれたように訊き返した。
「はい。考えてみれば、そもそもの出発点はそこでしたから……」
 ヤマダくんはワタナベ氏を正面からまっすぐに見てそう答えた。
「もちろん、まだそうとはっきり決めたわけではないんですが……一応、新築の戸建という線も考えてみたいんです」
 そう言うと、ヤマダくんはつと手を伸ばして、ワタナベ氏の空になったグラスにビールを注いだ。我に返ったように、ワタナベ氏はあわててグラスに顔を寄せ、あふれた泡に口をつけた。口の周りを泡で白くしながら、ワタナベ氏は当然のような疑問を口にする。
「たしかに、今まで中古の物件ばかり見て、これはという物件には出会えませんでしたが……新築となると、また別の苦労もあることはご存じですよね?」
 現実に大小10棟以上の物件を保有する不動産オーナーであるワタナベ氏の言葉には、経験者ならではの重みがあった。
 ヤマダくんは神妙にうなづいてみせた。収益不動産への投資効率という視点で考えれば、圧倒的に中古物件が有利である。中古物件は安く、好立地で、賃貸実績がある。稼動中の物件を入居者ごと引き継げば、新規に入居者を募集する手間も省ける。これに対して、新築はすべて一から造り上げなければならないことぐらい、ヤマダくんも承知していた。
「難しいことはわかっているつもりです……」
 短く答えて、ヤマダくんはぐい、と自分のグラスに残ったビールを飲み干した。

 ――ヤマダくんがワタナベ氏に連れられて、このところ週末の恒例行事となっている物件探しを切り上げた、その帰りがけのことだった。どちらからともなく居酒屋に誘い合い、軽く一杯やりながらその日の反省会や、個々の物件の検討会を行うのがふたりの習慣になっていた。
 今日も、3ヶ所ほど候補物件を内見していた。
 ワタナベ氏が懇意にしているいくつかの不動産屋で、候補になりそうな物件を書類上である程度絞り込み、それらの候補物件をじっさいに内見する。その際には、不動産屋のクルマで現地に直行するのではなく、最寄駅から自分の足で歩いていくのがセオリーだとワタナベ氏は教えてくれた。
「何ごとも入居者と同じ目線で判断することです。駅から物件までのルートを見て、周辺にどんなお店があり、どこで買い物して、どこで食事して……自分だったらそこに住みたいか? ということを考えなければなりません」――と。
 そんなわけで、ヤマダくんたちは不動産屋のクルマでまず候補物件の最寄駅に向かい、そこでいったん別れて、現地で合流するようにしていた。駅から近い場合はワタナベ氏もヤマダくんにつきあって歩くが、10分以上かかる場所だと不動産屋のクルマに同乗して先に現地に向かうことにしている。とはいえ、物件の判断についてはヤマダくんに一任されていて、ワタナベ氏は意見を求められたときだけアドバイスしてくれることになっていた。
 内見をはじめてから早くも2ヶ月近くになる。その間、30ヶ所以上の物件を見てきたが、ヤマダくんはどうもピンとこないようすだった。

「たとえば、今日最後に見た物件ですが……」
 店に入り、注文を済ませるのももどかしく、ヤマダくんはいきなり口を開いた。
 話題にしたのは、山手線ターミナル駅を始発とするローカル線の急行停車駅に位置する木造アパートだった。駅改札から徒歩2分、駅前ロータリーの地下を通っている地下道の出口からなら30秒。出口からその数軒先にあるアパートまでの道沿いには、建物の庇が大きく張り出しているため、雨の日でもほとんど濡れずに行き来できそうだった。しかも、大手スーパーや書店などのテナントを抱える真新しい駅ビルは、最近改修工事を終えたばかりだという。
 物件自体も申し分のないものだった。3階建て9世帯のアパートで満室稼動中。利回りは表示利回りで10%を超えている。築2年の建物はまだ新築同様に見え、共用部も清掃が行き届いていて、管理がしっかりしていることがうかがわれた。
 基本的に、不動産屋という人種は、良い物件ほど出し惜しみしたがるものだが、これはまさしく最後のとっておきともいうべき物件だった。

「駅からの距離、周辺環境など、立地についてはあらゆる意味で文句のつけようもありません。建物の築年数も新しく、しかも満室稼動中ということですから、収益物件として考えるならほぼ理想的だと思います」
 しかし――とヤマダくんは言葉をつづけた。
「あの物件でしたら、なにもわざわざお金をかけてシェアハウスにする必要はないでしょう? あのままアパートとして保有していれば、まだあと15年や20年は稼いでくれるはずです。それに、あの物件はしょせんアパートにしか使えません」
 ヤマダくんはそう言って、ワタナベ氏の反応をうかがった。

「シェアハウスは違う、と……そうおっしゃりたいのですね?」
 ワタナベ氏はどこか面白がっているように見えた。じっさい、ワタナベ氏にしてみれば、シェアハウス云々は一種の口実で、娘の恋人としてのヤマダくんを値踏みしているというのが本音なのかもしれない。
「シェアハウスのメリットのひとつは『汎用性』です。シェアハウスとして活用するだけでなく、自宅にして自分で住んでもいいし、貸家にしてもいい。いざとなったら売却してもいい。そんな自由度があるんです。アパートやワンルームマンションだと、こうはいきませんからね」
「……なるほど。それで――」
 ワタナベ氏が言いかけた言葉を、ヤマダくんが引き取ってつづけた。
「それで、今後は新築を中心に探してみようかと思いまして」
 このヤマダくんの発言に対して、ワタナベ氏が「新築……ですか?」と訊き返したところで、冒頭の会話につながるわけである。このところ中古のアパートやワンルームマンションを内見することが多く、そもそもの出発点――「30歳までに家を買う」という目標を忘れてしまいがちなヤマダくんであった。

 さて、ひと口に新築物件といっても、更地を買う場合もあれば、土地ごと買って上物を取り壊す場合もある。土地持ちなら自分の土地に建てればいいわけだが、もちろん、ヤマダくんはそんなものは持っていない。『新築』という方針を打ち出したのはいいが……これからどうする? ヤマダくん!?

(つづく)

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