第12話 ヤマダくん、プランニングする!

「浴室のカラン……は、まあいいとして、シャワーはどうしたもんか……?」  カリカリ、トントン、パラパラ、ガシガシ――。  つぶやきとともに、いろいろな音が断続的に響いていた。 「うーん……ま、とりあえず……」  ガタン、と音がして、イスから立ち上がったのは我らがヤマダくんである。先ほどから発生していたさまざまな物音は、ライティングデスクの前で作業していたヤマダくんの立てていたものだった。カリカリはシャーペンで紙に書き込む音、トントンはデスクの天板をシャーペンの尻でつつく音、パラパラは資料の束をめくる音、ガシガシは頭を引っかきまわす音だ。いま立ち上がったヤマダくんの顔を見ると、げっそりとやつれている。先ほどから続けていた作業の疲れだろうが、よっぽど集中していたと見える。  ヤマダくんはデスクの上の惨状を見下ろし、ボソッとひとりごちだ。 「……とりあえず、トイレ行ってくっか」

――ヤマダくんが席を外している間に、ざっと現状を説明しておこう。  約1ヶ月前、ついに待望の中古物件をゲットしたヤマダくん。晴れて不動産オーナーのはしくれになったワケだが、もちろん、やるべきことはまだまだ山のようにあった。  契約に関しては、不動産屋やワタナベ氏がいろいろお膳立てしてくれたおかげでスムーズに完了した。ローンの支払いに関しては、ワタナベ氏とよくよく相談の上、頭金をワタナベ氏に負担してもらい、月々のローンをヤマダくんが負担するということで落ち着いた。なにしろ、ヤマダくんの手持ちの自己資金では、頭金だけでほぼ全額吹っ飛んでしまうのだから仕方がない。  リフォーム業者に関しては、完成後のシェアハウス管理を委託する予定の不動産管理会社から紹介してもらうことになっている。やはり、一般賃貸や戸建住宅のリフォームとはいろいろ勝手が違うらしく、過去に何棟ものシェアハウスの施工経験のある業者に発注するのが無難ということのようだ。リフォーム費用はヤマダくんの自己資金を充てる予定だ。  そして、肝心のハウスの設計プランなのだが……。

「ね。私の部屋はあるんでしょうね……?」

にっこり笑ってそんな爆弾発言をかましてきたのは、ヤマダくんの愛する彼女――ワタナベさんである。売買契約を交わしてから3日後――ヤマダくんの30歳の誕生日のことだった。

「部屋って……いっしょに住むってこと?」

いわずもがなの愚問を口にするヤマダくん。それはまあ、彼氏彼女のおつきあいを始めて10ヶ月近く経つ。学生じゃあるまいし、「結婚」の二文字はお互い口に出さないまでも意識はしていたつもりだ。ヤマダくんも30歳になったことだし、そろそろ本気で考えてもおかしくない年頃である。とはいうものの……。

これから作ろうとしているのは、ふたりのスイートホームじゃなく、シェアハウスだ――そう反論するヤマダくんに、ワタナベさんは当たり前のように言った。 「だからさぁ、私がそのシェアハウスに入居しても問題ないわけでしょ?」 「………………」  思わず固まってしまうヤマダくんであった。

たしかに、シェアハウスはどちらかといえば女性向けのニーズの方が高い。現在ヤマダくんが住んでいるシェアハウスは男所帯だが、これはたまたまオープン時に男性入居者が多かったため、住人が入れ代わってもそのままの状態で推移しているに過ぎない。一般に、女性は女性専用のシェアハウスを選ぶことが多いようだが、世の中には男女共用のシェアハウスなどいくらでもある。  ただし、男女共用の場合、いわゆる「男女間のトラブル」が発生するリスクがある。そのため、特に初心者にはおススメできないプランである、というのがヤマダくんの頭の中にあった。ヤマダくんはもともと「シェアハウスが完成したら、自分もその1室に住む」という前提があったから、なんとなく男性専用のハウスをイメージしていたのである。  だが、ワタナベさんの爆弾発言は、その前提を根底から覆してしまった。

「うーん……キミが入居する、ということは……」  ヤマダくんは脳裏でめまぐるしく計算を開始した。 (男女共用……ってことは、2階建てだから、1階を男性用にして2階を……いやいや……)  黙り込んでしまったヤマダくんに、ワタナベさんが追い討ちをかけるように言った。 「一番いいお部屋にしてよね。そのかわり、他の女性入居者の面倒は私が見てあげるから」

――そんなこんなで、現在ヤマダくんは、男女共用に計画変更したシェアハウスのリフォームプランに頭を悩ませているところである。

トイレから戻ると、ヤマダくんはふたたびデスクに向かって屈みこんで資料の山をにらめっこし始める。先日、リフォーム業者と面談してある程度こちらの要望を伝えたのだが、その際に業者から膨大な資料を手渡されていた。物件の現況に対して可能な間取りのプラン、壁の厚みや材質、ドアの位置や形状といったところから、配線と照明の取り付け工事、壁や天井のクロス、はては水道のカランやコンセントカバーの種類まで、ヤマダくんが判断し決定しなければならないことは無数にあった。手慣れた業者だけあって、「シェアハウス向きの提案」を要領よくまとめてくれているのはありがたかったが、それでも素人のヤマダくんにはけっこうな重荷である。

「……そうだ。2階の内装については、入居者第1号の意見を聞いておかないと……」  もともと2世帯住宅であったため、1階と2階にそれぞれバス・キッチン・トイレの設備がある。それが購入の決め手の1つになったわけだが、この現況をうまく活用して、各階でそれぞれ生活動線が完結できれば、男女共用とすることも決して難しくないとヤマダくんは考えていた。とはいえ、女性専用部分の内装については、やはり女性の視点で選んでもらった方がいいのではないか……?  ヤマダくんはケータイに手を伸ばし、登録されている短縮番号をコールする。

「もしもし……ちょっと出てこられない? 場所は……」  めんどくさい作業を半分肩代わりさせよう――などと企んでいるとはとても思えない軽〜い口調で、ヤマダくんはワタナベさんを呼び出した。 (つづく)


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