第13話 ヤマダくん、点検する!

「…………わぁ!」
 玄関から一歩足を踏み入れた瞬間、ワタナベさんの口から歓声が漏れた。
 声にこそ出さないが、ヤマダくんの胸のうちにも言い知れぬ感慨がわき起こっていた。
 (ついに……ついに……っ!!)
 完成――である。
 引き渡しの予定日はまだ少し先だが、昨日、リフォーム工事が完了したとの連絡がヤマダくんに入っていた。そこで今日、会社帰りにワタナベさんと連れ立って物件の内見にやってきたというワケだ。

 もちろん、ヤマダくん自身は施工中もほぼ毎日、足を運んでいる。暑いさなかの工事ということで、ワタナベさんも差し入れの冷たい飲み物なんかを持ってちょくちょく顔を見せていた。だから、完成するまでの過程はつぶさに見てきたはずなのだが、こうして養生シートの剥がされた物件を目にすると、その感慨もひとしおであった。
 屋内にはまだ、リフォーム特有の匂いが濃厚に漂っている。
 玄関脇のシューズボックスから真新しいスリッパを取り出すと、ヤマダくんとワタナベさんはとりあえず家に上がった。玄関を入ってすぐに細長い廊下があり、突き当たりが階段、階段の手前にリビングへと続く扉がある。リビングには、たっぷり8帖分のスペースを取ってある。1階にはほかに、ダイニングキッチンと浴室、トイレ、そしてベッドと小さめのライティングデスクがかろうじて置ける程度の個室が3部屋――うち1部屋は、ヤマダくんが暮らす予定の部屋だった。

 ヤマダくんとワタナベさんは、キッチンをあちこち見回したり、浴室を覗きこんだり、トイレや個室の扉を開け閉めしたりしながら、それらを一つひとつ、じっくりと点検して回った。どちらかといえば大雑把なタチのヤマダくんに対して、ワタナベさんはやはり女性らしく細かいところに気がつくようで、「ここの壁紙と壁紙の間、ちょっと隙間空いてるんじゃない?」とか、「キッチンの収納、ちょっと扉の開け閉めが固いみたい」とか、不具合を指摘してくれたので、ヤマダくんはメモを取りながら内心大いに助かっていた。 (もっとも、この調子じゃ、結婚したら隠しごとは絶対できそうにないなぁ……)
 などと、心中ひそかに恐れおののいていたことはもちろん彼女にはナイショだが……。
 1階を隅々までチェックすると、2人は2階へ向かった。
 階段は、このサイズの家としてはやや幅が広く、段差もそれほどきつくない。さらに、手すりまで取り付けられていた。もともとが2世帯住宅として建てられた家だから、高齢の親世代が昇り降りに不自由がないようにとの配慮だろう。

「夜10時以降は、2階は男子禁制よ」
 ワタナベさんはそう言って、いたずらっぽく笑った。
 ――けっきょく、ヤマダくんのシェアハウスは1階が男性専用、2階が女性専用ということで落ち着いた。理由はいくつかあるが、1階にはリビングとダイニングキッチンのある分、2階のほうが貸室を多く造れるから、ということが大きい。シェアハウスのニーズは男女ともにあるが、どちらかといえば女性のニーズのほうが高いようだ。それに、男女共用の場合、男性の人数のほうが多いと女性は居心地が悪いという話も聞く。そんなこんなで、2階のリフォームに関してはほぼ全面的にワタナベさんの意見を参考にしている。
 夜10時以降、というワタナベさんの言葉に反応してヤマダくんが腕時計に目をやると、そろそろ9時近い。持ち家とはいえ、布団もなしに泊まることもできないから、適当なところで切り上げないと……。
「じゃ、2階はパパッと見て回るか」
 ヤマダくんはそう応えると、トントントンと足早に階段を昇っていった。
 階段の上は、廊下に面して右側に個室のドアが並んでいる。個室は全部で6部屋。廊下の突き当たりは洗面所とトイレ。その隣が浴室。2階の浴室にはさらに2つ、シャワールームを増設してある。「朝とか、順番待ちでたいへんだからね」という、ワタナベさんの意見を取り入れたものだ。
 浴室の横には1階の半分ほどのスペースだが、キッチンもある。ここも、ヤマダくんがさんざん悩んだあげく、残すことにした設備だった。「そりゃあ、1階にも広いキッチンがあるけど、下に降りたくない人もいるかもしれないし……もし、あんまり使われないようだったら、洗面所として使えばいいんじゃない?」というのがワタナベさんの意見である。たしかに、2階に洗面所がひとつしかないのはネックだった。一応、増設することも考えたのだが、スペースの関係上泣く泣くあきらめたという経緯があった。
 洗濯機は2階に2台、廊下とベランダに、さらに1階にも1台置く予定である。2階のほうが人数も多く、女性が住むという条件を考慮した結果だった。
 ヤマダくんが時計を気にしつつ、それらの設備をひと通り見て回る間、ワタナベさんは個室のチェックをしていた。ヤマダくんが後から個室に入ろうとすると、
「ダ〜メ。個室内は24時間男子禁制よ」
 と、ワタナベさんに制止されてしまった。もちろん冗談なのだが、そう言われると何となく入りづらくなってしまう。ヤマダくんは仕方なく、廊下の隅っこにしゃがんで、床のフローリングに凹凸ができていないか、指先を滑らせていた。

 ――はたから見たら、イジケてるようにしか見えないよ、ヤマダくん?

 やがて、6部屋の個室をすべて調べ終えたワタナベさんがドアを開けて出てきた。廊下にしゃがみこんでいるヤマダくんのようすを見てくすくす笑うと、ふいに背筋を伸ばし、高らかに宣言する。
「決めた。……私の部屋、ここにする!」
 指さしたのは、廊下の一番手前、階段を上がってすぐの部屋だった。
「………ん〜、べつにいいけど、なんで?」
「まあ、見る前からだいたい決めてたんだけどね。この部屋なら、誰かが階段を上がってきたら真っ先に気がつくでしょ?」
「うん………?」
 イマイチ呑みこめていない表情のヤマダくんに、かまわずワタナベさんは先を続けた。
「だ〜か〜ら、もし夜中に男の人が上がってこようとしたら……」
「し、しないよ!!」
 反射的に大声を出したヤマダくんを冷ややかに一瞥して、ワタナベさんはトドメを刺した。
「あら? 誰も『ヤマダさんが』とは言ってないんだけど……?」
「……………!?」
 思わず絶句したヤマダくん。顔が真っ赤になっている。恨めし気に睨みつけるヤマダくんに、ワタナベさんはあっけらかんとして言った。
「今からそんな調子じゃ……女の子の入居希望者が来ても、相手できないんじゃないの?」

(つづく)


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