第14話 ヤマダくん、審査する!

「とりあえず、最初はそちらで黙って見ていてください」
「……はぁ」
「私の方でひと通り質問しますから、それが終わってから、もし何か補足するようなことがあればおっしゃっていただけますか」
「…………はい」
 折りたたみ式の長テーブルの左右に数脚のパイプ椅子を並べた、狭い応接スペースの隅で、ヤマダくんは居心地悪そうにもぞもぞしていた。ときどき、テーブルに置かれた書類の束に目を落とす。そして、右隣に座っている相手に対して、ときおり不安そうなまなざしをちらちらと向けるのだった。

 ――ヤマダくんがシェアハウスの管理運営を委託することになる管理会社の一室。
 いよいよハウスのオープンを来週に控え、ネットを利用した入居者募集も大詰めを迎えていた。ヤマダくんの所有するシェアハウス「バーデン-H」は1階3部屋+2階6部屋の9部屋構成だが、1階2階とも1部屋の住人は最初から決まっている――つまり、ヤマダくん自身とワタナベさんだ――ので、募集するのは男性2名・女性5名の計7名。このうち、女性に関してはワタナベさんの友達2名が入居を希望しており、彼女たちを優先するつもりではあるが、残る5名の入居者についてはこれから決定していくことになる。
 ネット上の募集では、たとえ個人情報に関して詳しく記入させたとしても、本人の「性格」や「人間性」まではわからない。しかし、じっさいに共同生活をしていく上でいちばん重要なのは、まさにその部分なのだ。したがって、トラブルを避けてシェアハウス運営を円滑に進めるためには、事前にしっかりと入居希望者の審査を行う必要がある。
 バーデン-Hの場合、10日ほど前から入居者募集の告知を出しているが、5名の募集枠に対して、昨夜までに30名近い応募者があった。最新設備のシェアハウス、それも都心ターミナル駅まで直通のH-駅から徒歩8分というまずまずの立地で、家賃を5万円台に抑えたのが功を奏したのだろう。すでに応募者の約半数は書類審査でハネているが、残った中からさらに絞りこんで入居者を選定しなければならない……。

 と、いうような状況を、いま隣に座っている管理会社の担当社員であるオオシマ女史から報告されたヤマダくんはいてもたってもいられず、こうして入居希望者の面接審査の場に押しかけてきた、というわけだ。仮にもオーナーである以上、希望すれば立ち合いを拒まれることはないだろうとは思っていたが、ヤマダくんを迎えたオオシマ女史の態度は予想以上に冷ややかだった。おそらく、オーナー自ら面接に立ち会うケースでは、入居者を個人的な“好き嫌い”や“第一印象”で安易に決めてしまい、のちのちトラブルになるといった例が少なくないためだろう。オオシマ女史がヤマダくんに向ける目つきは、「シロウトに何がわかる?」と言わんばかりの突き放した冷たさが感じられた。
 とはいえ、当のヤマダくんとしては、将来的にハウスの自主管理も視野に入れて勉強したいという気持ちが半分、どんな人間といっしょに暮らすことになるのかという野次馬的好奇心が半分で、脇から口出しする気は毛頭ないのだが……。

「……では、一番目の面接はこちらの方になります」
 オオシマ女史はそう言って立ちあがると、ドアを開けて、外のベンチに座っていた入居希望者に呼びかけた。
 促されて入ってきたのは、身長190cm近い長身の男性である。年齢は20代後半から30歳前後といったところだろうか。オオシマ女史と、奥に座っているヤマダくんに対しては軽く頭を下げただけで、「どうぞ」の言葉も待たずにどっかとパイプ椅子に腰を下ろす。その一連の動作を見ただけで、ヤマダくんは、
(この人はちょっと……)
 と自分の中での評価を下げた。オオシマ女史の反応を見ると、さすがに表情ひとつ変えず、テキパキと必要な質問を消化していく。勤め先は都心の中堅企業で、経済的には問題なさそうだが、集団生活に向いているタイプではなさそうだった。
 オオシマ女史はひと通り質問を終えると、ちら、とヤマダくんの方を見て「……よろしいですか?」と確認する。ヤマダくんはうなずいてみせ、それで一人目の面接は終了した。
 続いて入ってきたのは、30代後半くらいの化粧気のない女性。見るからに生真面目そうだが、その分細かいことまでこだわりそうな性格が見て取れる。同居したらワタナベさんと衝突するかもしれない。こちらもやや難アリ、か……。

 ――そんなこんなで、4人ほどの入居希望者が入れ代わり立ち代わり現れたが、どれもピンとこない。ヤマダくんは少々不安になってきた。思わず、 「今日の面接は、あと何人残っていますか?」
 とオオシマ女史に訊ねるヤマダくん。
 おいおい、それじゃ今までの4人は全員不合格だと言わんばかりじゃないの?
 案の定、オオシマ女史はいくぶん機嫌を損ねたふうに応えた。
「今日はあとおひとりだけの予定ですが……どうやら今まで面接された方はお気に召さないようですね?」
「あ、いえ、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
 あわてて弁解するヤマダくんに、
「ご心配なく。私の方でも、あの皆様は『バーデン-H』には合わないのではないかと感じておりました」
 にこりともせず、オオシマ女史は続けた。
「一般賃貸の場合、経済的な裏づけさえあれば人柄は特に問われませんが、シェアハウスの入居者はコミュニティへの参加者であることが求められますから」

 必ずしも社交的な性格である必要はないが、最低限のコミュニケーションが取れることと、共同生活のルールを自然に受け入れられるだけの柔軟性が必要だとオオシマ女史は言う。これまで面接した4人は、いずれもコミュニティに積極的に参加するタイプではないと彼女も感じていたようだった。

 ――5分ほどして、ようやく次の面接者が到着したらしく、ドアの向こうでざわついた気配がした。どうやら最後のひとりは男性らしく、しきりに遅れてきた詫びごとを口にしているのが漏れ聞こえてくる。約束の時間を守れないのは減点材料か……などと、ヤマダくんが先入観を覚えるヒマもなく、ドアに勢いよくノックの音がした。
「どうぞ」
 オオシマ女史が応えるのと、男性がドアを開けて顔を出すのがほとんど同時だった。
「どうも〜、遅れてすいません……って、あれぇ!?」
「…………!?」
「ヤマちゃんじゃないの! なんだってまたこんなとこに……?」
「……カ、カワちゃん?」

 現れたのは、ヤマダくんが住んでいるハウスのシェアメイトのひとり、「カワちゃん」ことカワムラくんだった。
(つづく)

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