第15話 ヤマダくん、テンパる!

「はい、そっちのテーブルに取り皿回してあげて!」
「あ、そこの隙間、詰めて詰めて」
「そっちのほう、座布団足りてる?」
「えっと、コップは全員行きわたったよね? それじゃ……!」
 さっきからひっきりなしに周りに声をかけ、指示を飛ばしていたヤマダくんは、ここでひと呼吸置いて、目の前に居並ぶ人々の顔を一人ひとり観察する。
「よろしいですね? では、これより『バーデン-H』月例パーティを始めたいと思います。――乾杯!」
「かんぱーい!!」
 ぐつぐつと煮えてきた土鍋を囲んで、10名余りの参加メンバーの乾杯の声が唱和した。

 ――ヤマダくんのシェアハウス「バーデン-H」の9部屋すべての入居者が決まり、無事に満室でオープンを迎えてから、2週間が過ぎていた。
 いろいろあった入居者の面接審査も、途中からスムーズに進むようになり、3日目には全入居者が決定していた。ヤマダくんと一緒に入居希望者を審査した――というか、ヤマダくんはたんなるオブザーバーであって、実際にはひとりで全部こなしたようなものだ――管理会社のオオシマ女史の努力の賜物である。オオシマ女史のことを内心「無愛想な、とっつきにくいオバちゃん」だと思っていたヤマダくんも、彼女の有能さは認めざるを得なかった。彼女のサポートがなければ、ド素人のヤマダくんに、こうもすんなりとシェアハウスを立ち上げることなどできなかったに違いない。
 今夜の「月例パーティ」の開催もオオシマ女史のアドバイスによるものだ。パーティは毎月でなくてもいいし、開催のたびにそれらしい理由をこじつけたっていいのだが、ヤマダくんにしてみれば、毎度毎度パーティの名目を考えるのもめんどくさいようで……。けっきょく、特に理由がなくても月に1回程度、パーティを開くことにしたのである。
 オープン当日の夜、1階リビングで軽〜く歓迎会というか、シェアメイト同士の顔合わせを行っているが、そのときは缶ビールと乾き物くらいしか用意しておらず、小一時間で終了したので、本格的なパーティは今夜が初めてだ。すでに10日あまりもひとつ屋根の下に暮らしているとはいえ、お互い忙しい社会人同士、これまでじっくりと話をする時間は取れていない。そこで、今夜のパーティは、シェアメイトたちの親睦を深めることが第一の目的となった。また、ヤマダくんとワタナベさんにはもうひとつ、重要な目的があった。ヤマダくんにとって彼らは共同生活を送るシェアメイトであると同時に、自らの保有する物件に入居者する店子たちでもある。そのへんの微妙な距離の取り方を測る必要もあった。  シェアメイトたちとは、オーナーとして接するべきか? それとも、同じシェアメイト同士という立場で接するべきなのか……? 悩んでいたヤマダくんに、
「……もちろん、『オーナー』と『入居者』というお互いの立場の違いは意識する必要がありますが、かといって意識しすぎるのも問題ですね」
 そうアドバイスしてくれたのもオオシマ女史であった。
「こういうのは、ケース・バイ・ケースですから正解はありません。私たち管理会社を間に挟んでいるわけですから、オーナーであることを表に出さず、一介の入居者のようにふるまうことだって可能なわけです。でも、中にはふつうにオーナーとしてふるまいつつ、他のシェアメイトと信頼関係を構築している例もあるわけで……」
 オオシマ女史によれば、あくまでヤマダくんのキャラクター次第、ということらしい。
「それよりも……いえ、それも含めて、ということになりますか」
 と、オオシマ女史はヤマダくんが予想もしていなかった点に突っ込んできた。
「201号室のワタナベさん。ヤマダさんの……彼女、ですよね?」

「え!? ……え、ええ、まあ」
「他のシェアメイトに対して、おふたりがどのようにふるまうのか、という点も重要です。けっきょくのところ、シェアハウス運営は人間関係がすべてですから……」
 ヤマダくんは、うーん、と頭を抱えた。このへんは男女共用ハウスの難しさでもある。女性用は2階の6部屋だが、この中にはワタナベさん自身と、彼女の元からの友達が2名いる。また、男性用である1階の3部屋のうち、1名はヤマダくん本人であり、1名は以前からのシェアメイトだったカワムラくんである。つまり9名中5名、入居者の過半数があらかじめ事情を知っているわけで、ヤマダくんとしてはいまさら残りの4名に対してわざわざ説明しようとは思わなかったのだが……。
「ヤマダさんたちのケースでは、ハッキリしておいたほうがいいと思いますよ」
 というのがオオシマ女史の意見だった。
「べつに隠すことでもないでしょう? むしろ、全員が顔を揃える場で『婚約者』というふうに紹介してはいかがでしょうか」

「こ、……婚約ぅ!?」
 ヤマダくんは大いに動揺したのだが、ひょんなことでこの件を耳にしたワタナベさんが、
「んー、いいんじゃない、それで」
 と、すっかり乗り気になってしまった。
 そんなこんなで――。
 なしくずし的に、第1回「バーデン-H」月例パーティの場で、ヤマダくんとワタナベさんの婚約を発表する運びとなってしまったのである。
 けど……ホントにそれでいいの? ヤマダくん?

 ともあれ、月例パーティは、できるだけ全員参加できる土曜の夜を選んで日程が調整された。そろそろ肌寒くなってきたこともあり、人数も10名前後で手頃ということで、メニューはすんなり鍋に決まった。関係者に声をかけ、大きめの土鍋をふたつ用意し、具材や飲み物やその他のつまみを買い揃えておき――予定通り、パーティは開催された。 参加メンバーは「バーデン-H」の入居者9名と、管理会社からはオオシマ女史、そして何故か……「バーデン-H」の出資者であるワタナベ氏の姿があった。
 つまり――例のワタナベさんとの婚約発表を、父親であるワタナベ氏の前で行わなければならないハメに陥ったわけだ。

(こ、この展開は考えてなかった……)
 ヤマダくんは内心蒼ざめていた。もちろん、ワタナベさんとの結婚がイヤなわけではない。ただ、30歳になったばかりのヤマダくんにとって、結婚そのものがどこか他人事のように現実味のないものと思えてならないのだった。ワタナベ氏が居合わせてさえいなければ、婚約発表ぐらい、シャレで済ませられると思っていたのだが――じつの父親の前では、おのずと重みが違ってくる。
(どうしよう……どうしたらいいんだ……?)
 ヤマダくんの表情は緊張に強張り、視線は落ち着きなく左右に泳ぎ、こめかみはピクピク痙攣していた。
 そうこうする間にもパーティはなごやかに進み、メンバーが端っこから順番に自己紹介が始まっている。ヤマダくんに順番が回ってくるまであと3人……、あと2人……。
 ヤマダくんは、今や完全にテンパっていた。
(つづく)

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