第17話 ヤマダくん、気を回す!

「こりゃ、ないよな」
 テレビの画面に向かって苦笑まじりにヤマダくんが小声でツッコミを入れる。
「マジ、ありえねぇっすよね〜」
 少し離れたソファから合いの手を入れたのは、103号室のオカモトくんである。
 ヤマダくんのシェアハウス『バーデン-H』に住む男性入居者は、ヤマダくん自身を含めて3名だが、オカモトくんは最年少の24歳。じつは女性入居者を合わせても最年少だったりするのだが、そのせいか、誰に対しても人懐っこい態度で接するところがある。基本的にイヤミのない性格なので愛されキャラで通っているが、一歩間違えるとウザキャラになりかねない面もあり、ハウス内の対人関係には注意が必要だ――などと、ヤマダくんは内心では思っていた。
「この脚本家、絶対シェアハウスに住んだことないっしょ!」
「だろうね……」
 オカモトくんの言葉に適当にあいづちを打ちながら、ヤマダくんはさりげなく周囲を見回した。

 ――ここは、『バーデン-H』の1階リビング。8帖ほどの広さがあり、全部で8人分のソファとストゥールが置かれている。テレビは60インチの大型サイズ。大人数で見るならこれくらいあった方が、とヤマダくんが奮発した結果である。おかげで、リビングの床だけ見ると少々窮屈なレイアウトになってしまっているが、リビングの奥がダイニングにつながっているため、面積の割には圧迫感を感じさせない室内空間になっている。
 現在、このリビングには4人の男女がいる。テレビ正面の4人掛けソファにヤマダくん、1人分の隙間を空けてヤマダくんの婚約者であるワタナベさん、その右側の1人掛けソファにオカモトくん。そして、テーブルをはさんでオカモトくんの左手に置かれたストゥールに、新しく205号室に入ったサカグチさんがちょこんと座っていた。昨年の暮れ、205号室の前の入居者であるヨシザワさんが退去してから、年末年始をはさんで2週間以上も空室期間が続いてしまい、ようやくふたたび満室稼動にこぎつけた矢先のことだった。

 今夜はたまたま、テレビで「シェアハウス」を題材にしたドラマが放映されていたので、ヤマダくんがリビングのテレビを点けたところ、他の3人が三々五々、リビングに集まってきた。『バーデン-H』の住人は全部で9人なので、約半数がリビングにいることになる。残る5人のうち、2人はまだ帰宅しておらず、1人は入浴中、あとの2人はすでに自室に引き上げていた。平日の夜としては、まずまず平均的な風景だろう。

「またまた……ひでぇ!」
 オカモトくんがまた、プッと吹き出す。どうも、黙ってテレビを観ていられない性分のようだ。べつに大声を出すわけでもないので、いちいち目くじらを立てることもないのだが、ヤマダくんとしては、この場に同席しているサカグチさんの反応が気にかかっていた。といっても、オカモトくんとサカグチさんの間に何かトラブルがあったというわけではない。お互い、まだじゅうぶん気心が知れていないというだけだ。
 サカグチさんはまだ入居して1週間足らず。事前の入居審査は管理会社のオオシマ女史に“丸投げ”していたので、ヤマダくん自身が彼女と初めて会ったのは入居のあいさつのときだった。年齢は32歳と聞いていたが、小柄で童顔、黙っていれば7〜8歳は若く見られるだろう。物おじせずにハキハキしゃべる性格のようで、そこは共同生活の上では好ましい美点なのだが……。
(……もしかして、ヤバい……のか?)

 ヤマダくんはさっきからチラチラとサカグチさんのようすを窺っていた。正確には、彼女の眉間から左右の眉のあたりを。

 ぴくっ……ぴくっ!

 まさかそんな音は立てないが、明らかに眉が跳ね上がり、眉間にシワを寄せているのがわかる。
 もちろん、態度にはっきり現れているわけでもないし、ましてや口に出して何か言うわけでもないが、これは――怒ってる!?
 ヤマダくんがしばらく観察したところ、どうもドラマの内容に不快を感じているわけではなさそうだった。基本的にはじっと黙って観ているだけだが、ちゃんと笑いどころでは口元がほころぶ。楽しんで観ていることは間違いなさそうだ。ただ――。
 オカモトくんがテレビ画面に向かって何かツッコミを入れるたびに、ぴくっ、と眉が動く。

(やっぱり、原因はオカモトくん……だよなぁ)
 ヤマダくんは誰にも気づかれないようにそっと息をついた。
 オカモトくんは、なんだかんだとツッコミを入れながらみんなでワイワイ楽しみたいタイプ。
 いっぽう、サカグチさんは静かに集中して楽しみたいタイプなのだろう。あるいは、今観ているドラマにお気に入りの俳優が出ているのかもしれないし、単純にオカモトくんの声や口調が気に食わないだけかもしれない。
 いずれにせよ、これはこのまま放置しておいていい問題ではない、とヤマダくんは思った。知らない人間同士がひとつ屋根の下で暮らす以上、避けては通れない“相性”の問題なのである。今夜、この場でどうこうということはあるまいが、日常のささいな不満が積もり積もって、いつかどこかで爆発するかもしれない。

 ――そうこうするうちに、ドラマは終了した。ほかに観たい番組がなければ、さっさとテレビを消すのが『バーデン-H』のハウスルールである。オカモトくんとサカグチさんはそれぞれ「おやすみなさい」を言って自室に引き上げ、リビングにはヤマダくんとワタナベさんのふたりだけになった。

「……気がついた?」
 ヤマダくんがささやくように訊ねると、
「うん、まあね」
 ワタナベさんもささやき返す。
「……どうしたもんかな?」
「…………」
「やっぱり、おれがオカモトくんに話して……」
「わたしがサカグチさんに? ……あんがい、逆の方がいいかもよ」
「?」
「年齢が近い者同士、ってことで。それに、異性から言われた方が効果的なんじゃない?」
 ワタナベさんの意見にも一理ある。ただしその場合、サカグチさんにどんなふうに話をしたらいいものか……と、今夜もまた、悩めるヤマダくんであった。
(つづく)


 


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