第19話 ヤマダくん、板ばさみ!?

「では、今のサカグチさんのご意見に賛成の方は……?」
 ヤマダくんが周囲を見回しながら、おそるおそる採決の声をかけた。
 沈黙………重苦しい、沈黙。
 誰も発言せず、それでいて、挙手するようすもない。出席者全員が黙りこくったまま、目だけを動かして他人の挙動をさぐっているように見えた。
(……ああ、やっぱり失敗だった…………かな?)
 ヤマダくんは空気の重たさを肌で感じながら、どうやってこの場をとりつくろったものかと考えていた。
 チラリ、と発言者であるサカグチさんの方に視線を向けると、彼女は憮然とした表情で何の反応も見せない周囲を睨んでいた。
(マズい……これって、相当マズい感じだよな……)
 そう思いついつも、ヤマダくんは次に何を口にするべきかを決めあぐねていた。

 ヤマダくんの所有するシェアハウス『バーデン-H』では今、第1回ハウス会議が開かれていた。
 会議の招集を決めたのは、かれこれ5週間ほども前のことになる。
 可能な限り全員参加、と思って日程の調整をしたところ、どうもうまい具合にスケジュールが噛み合わず、こんなに延び延びになってしまったのだ。いわば“主催者側”であるヤマダくんとワタナベさんに関しては、比較的時間に融通が利いたのだが、3月から4月にかけてはちょうど年度替わりの繁忙期にあたり、出席者側であるシェアメイトたちが本業に忙殺されていたためだ。
 今年は気温の高い日が続き、桜の開花が例年より2週間以上も早かったこともあり、ハウスのメンバーで予定していた花見もけっきょく企画倒れに終わってしまった。
 そんなこんなで、ハウス会議が開催されたのは4月の2週目の週末であったのだ。
 シェアメイトたちにはあらかじめ、会議の趣旨は伝えてあった。
 入居者同士で守るべきルールについて、細かい点まですり合わせを行うこと。
 誰か特定の個人の意志によるものではなく、全員がお互いに納得のいくルールを決め、場合によってはルール違反に対する罰則も規定することになる。
 これは、誰にとっても気の重い話であった。
 学生同士の仲良しサークルなら、“暗黙の了解”として済ますこともできただろう。じっさい、この『バーデン-H』でも開業して約半年間はそんな調子で来たのである。
 その結果――昨年の暮れにはシェアメイトのひとりが自ら“卒業”していった。ヨシザワさんという、このシェアメイトが退去した件については、必ずしもハウスルールの問題というワケではなかったが、彼女があっさり「退去」という選択肢を選んだのは、もしかしかしたらハウス内の空気に馴染めないものを感じていたせいかもしれない。
 そして、彼女と入れかわりに入居したサカグチさんが、またまた厄介な問題を持ちこんでくれたワケである。

 考えてみると、『バーデン-H』の入居者のうち、ヤマダくんとワタナベさんは恋人同士。1階の住人のうち、102号室のカワムラくんはヤマダくんが以前暮らしていたシェアハウスでの友人だし、2階の住人のうち202号室のナカタニさんと203号室のタバタさんはワタナベさんの学生時代からの友人だ。つまり、全部で9人いるシェアメイトのうち、過半数の5人がもともと知り合い同士ということになり、そこにいつしか、無意識のうちにゆるやかなコミュニティが形成されていたのである。
 こういう場合、残りの4人がひとつにまとまれば5対4という、まずまず対等なバランスになる理屈だが、現実にはそんなことはなく、4人はそれぞれ「ヤマダくんたち5人」と「自分」という5対1の意識をなんとなく持ってしまっている……。
 もちろん、彼らは自分からシェアハウスに入居しようと考えられるような人々であり、これまで他のハウスで暮らしてきた経験者もあり、さらに全員が面接審査で一度ふるいにかけられている。そのうえで、他人とトラブルを起こすような性格面の問題はないだろう、と判断されて入居してきたのだから、よもや今さらこんなことで悩まされることになるとはヤマダくんも思っていなかったのだ。
 だが――人間関係という奴は不思議なものである。
 いっしょに暮らしてみなければわからないことの方が多い。1対1の恋人や夫婦関係でもそうなのだから、ましてや他人同士がひとつ屋根の下で暮らすとなったらなおさらである。

 今――第1回のハウス会議の席で、サカグチさんは自分の意見を滔々と述べた。
「ゴミ出しに関しては1階と2階、つまり男女で別々に当番を決めるべきではないか?」
「バスルームの排水口は、使った人が必ず自分で掃除するべきではないか?」
「ハウスの敷地内は全面禁煙とするべきではないか?」
「洗濯機の中の洗濯物は本人以外手を触れないようにするべきではないか?」
「個室内の掃除機がけは使用する時間帯を決めておくべきではないか?」etc.

 ……彼女の主張は、だいたいこんなところだった。
 禁煙の件に関しては、名指しされたも同然の202号室のナカタニさんがあからさまに不満そうな表情を浮かべていたが、他の件に関しては、少なくとも彼女の主張そのものについては全員とりたてて異議はないようだった。だが――。
(みんな、納得は……してない、よな?)
 一同の表情を盗み見て、ヤマダくんはそう判断した。
 たとえ正論であったとしても、素直にうなずけるかどうかは別問題だ。「何を言ったか」よりも「誰が言ったか」の方が重要になってくる場面もある。
 この場合、サカグチさんの存在がシェアメイトたちの間でちょっと「浮いて」いることがネックになっていた。他の人間が言うならまだしも、彼女の口から言われたのでは納得がいかない――そんな気配がありありと窺えた。
(このままだとマズいことになる……どうしたもんか……?)
 オーナーという立場を利用してヤマダくんが決定してしまうのは簡単だが、それはそれでしこりを残しそうな気がする。それに、わざわざ全員を集めた意味がない。何とか他の人間が議論に参加してくれたらいいのだが……。
 考えがうまくまとまらないまま、ともかく何か言わなければ、とヤマダくんが口を開きかけたとき。

「……こういうの、どうだろう?」
 いきなりそう声をかけたのは、カワムラくんだった。
「どんなルールを決めるにしても、何らかのペナルティは必要になると思う。ルール違反者に対しては、まずイエローカードを1枚渡す。2回同じ違反をするか、別の違反でイエローカードが3枚になったらレッドカード。で、レッドカード2枚で……強制退去、ってね」
 一瞬、沈黙があった。そして――。
「えー、それって厳しすぎない?」
「ううん、まだ甘い。レッドカード1枚で退去になるハウスだってあるし……」
「じゃ、罰金制はどう? 溜まった罰金はパーティの費用に積み立てるとか……」
「あと、ルール違反だけだと減点法になっちゃうから、挽回できるシステムもあった方がいいかも……」
 ワイワイ、ガヤガヤ……急に議論が白熱してきた。
(助かった……これで少しはマトモな話し合いになるかも……)
 人知れずそっと胸をなでおろすヤマダくんであった。
(つづく)

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