第21話 ヤマダくん、決断する!?

「あなたに非はない――と、私も思っているんですが……退去していただけませんか?」
 言いにくそうに口を開いたヤマダくんに、「彼女」はぴしゃりと言い返した。
「いやです」
「あ、いや、その……」
「出ていきたくもないし、わたしに非がないというのならなおさらです」
 そう言って、「彼女」はそっけなく会話を打ち切ろうとする。ヤマダくんはあわあわと何ごとか口走ろうとするが、その先手を打って「彼女」は言った。
「……ほら、ダメですよね。そういう言い方では『サカグチさん』のような相手に納得してもらうことはできませんよ?」
「彼女」――不動産管理会社のオオシマ女史はそう言って、ヤマダくんに冷ややかな視線を向ける。

 ヤマダくんのシェアハウス『バーデン-H』は、オープンから1年と経たないうちに崩壊の危機に瀕していた。オープン時からの入居者はほとんど退去してしまい、9室のうち埋まっているのは半分以下の4室。そのうち2室はオーナーのヤマダくんとその婚約者のワタナベさんだから、実質2室しか稼動していないに等しい。ハウス内には常にギスギスした空気が漂い、常時募集中の新規入居者はなかなか決まらず、そもそも応募者自体がきょくたんに減っていた。昨年のオープン前には10日間で30名からの入居申し込みが殺到したものだが、最近は1週間に1件問い合わせがあればいい方だ。それも申し込みには至らないケースがほとんどで、中には冷やかしとしか思えないものも混じっていた。
 そこで、本業の方がやや落ち着いたのを見計らって、管理会社の担当であるオオシマ女史のもとを訪ねてみたのだが――。

「原因ははっきりしていますね」
 オオシマ女史はあっさり答えた。
「入居者間のトラブル。はっきりいえば、問題のある入居者を放置していることが原因とみていいでしょう」
 問題のある入居者――つまり、サカグチさんのことだ。
 いまや、彼女は『バーデン-H』にとって制御不能のトラブルメーカーといえた。できれば――いや、1日も早く退去してもらいたい。彼女さえいなければ、『バーデン-H』はオープン当初のような活況を取り戻すことができるだろう。
 だが、どこがどう気に入ったものか、サカグチさんは『バーデン-H』にどっかと根をおろし、一向に自分から退去しようという気配を見せない。ヤマダくんにしても、ワタナベさんにしても、内心ではウンザリしているものの、まさか正面切って「出て行ってくれ」とも言えず、結果として今日もサカグチさんは『バーデン-H』に居座っている……。
「サカグチさんに、退去交渉はしてみましたか……?」
 オオシマ女史のその質問に、ヤマダくんは口ごもった。正直にいえば、オーナーの立場として、入居者を一方的に追い出すような退去交渉など思いもよらなかったといっていい。
「では、ここでシミュレーションしてみましょうか」

 ――ということで、冒頭の会話となったワケなのだが。
 ヤマダくんの言い方がマズいからか、覚悟が決まっていないからなのか、何度か試してみたものの、仮想サカグチさんであるところのオオシマ女史から満足な回答を得ることはできなかった。
 このままでは、サカグチさんを退去させることはできない。サカグチさんが入居し続ける以上、『バーデン-H』の経営再建は難しい。そうなると、最悪の場合、ハウスを畳むことも視野に入れておく必要がありそうだった。

「もし、ヤマダさんがこれ以上シェアハウス経営を続けることは難しいとお考えでしたら、売却という選択肢もありますが……」
 オオシマ女史の言葉に、ヤマダくんの表情が引きつる。たしかに、事態はそこまで深刻な状況を迎えているのだ。
 ヤマダくんは、しかし、首を横に振った。それはしたくない。シェアハウス経営を思い立ったときから、無事『バーデン-H』をオープンさせるまでの苦労が脳裏をよぎる。もちろん、人並みに“苦労”などと胸を張って言えるほどたいした苦労はしていないかもしれないが、それにしたって、ただただ幸運に恵まれていただけでもなかったつもりだ。
「これから先もオーナーとしてやっていこうとお考えなら、一刻も早くサカグチさんには退去していただくしかありません」
 オオシマ女史はキッパリとそう断言した。

「しかし、どうやって……? さっきもお話したとおり、彼女自身に非はないんですよ? ちゃんとハウスのルールを守って……」
 ヤマダくんが思わずそう言いかけると、
「非はありますよ」
 オオシマ女史は意外なことを口にした。
「ハウス内の人間関係を壊し、入居者を追い出した。それは非ではないんですか?」
「いや、でも、彼女が追い出したってワケじゃ……」
「直接追い出したワケではないにしても、出ていく原因をつくったのは間違いなくサカグチさんです。ヤマダさんからしてみれば“追い出した”も同然でしょう?」
「それはそうですが……そんな理由で退去を迫れるものなんですか?」
 ヤマダくんは懐疑的だ。もちろん、法に触れるわけでもないし、サカグチさんは家賃の支払いもきっちりしているから、そっち方面の理由をデッチ上げることもできない。
 これに対して、オオシマ女史の答えは自信満々だった。
「蛇の道はへび……と言ったらミもフタもありませんが、こういうケースは初めてではありませんので、私どもにお任せいただければ」
 ……よくわからないが、オオシマ女史なりに何らかの心当たりがあるらしい。サカグチさんが納得したうえで、自発的に退去してくれるようにする“裏ワザ”的な方法が。
 その方法を知りたい気もするが、同時に、知るのが怖いような気もするヤマダくんだった。いずれにせよ、素人オーナーである自分の手には負えないことらしい。だったら、ここはプロに任せた方がいいだろう――ヤマダくんはそう肚をくくった。

「お願いして……いいですか……?」
「承りました。できるだけ早急にサカグチさんには退去していただくよう、こちらで努力してみましょう。ただ……」
「ただ?」
 オオシマ女史のもったいぶったひと言をヤマダくんが聞き咎める。
「『バーデン-H』の入居申し込みが減っている件ですが、可能性としては、ネット上で悪い評価が広まっているということが考えられます。昨今の“脱法ハウス叩き”の影響も少しはあるかもしれませんが、おそらくは、退去した元住人の書き込みではないかと……」
「そんな……」
 ヤマダくんは短いつきあいに終わった、かつてのシェアメイトたちの顔を思い浮かべる。彼らが退去後にそんなネガティブな書き込みをしていたとは考えたくないが、ネット上の人格まではわからない。それに、ヤマダくんたちに対して悪意はなくても、サカグチさんへの個人的な恨みからそうした行為をしてしまうということも……。
(サカグチさんの件は、管理会社に丸投げすることで何とかなりそうだけど……。ネット上の悪評なんて、いったいどうしたら……?)
 まだまだ悩みは尽きないヤマダくんであった。
(つづく)

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