第22話 ヤマダくん、ひたすら耐える!

 プルルッ……と固定電話が鳴りはじめた瞬間、ヤマダくんはビクッと身をこわばらせた。
受話器に伸ばす手が、いかにも嫌々といった動きだった。
 受話器を取ってからも、すぐには口を開かず、耳に当てたままじっと息を殺している。
「………………」
「………?」
「……………………」
「……………!」
「…………………………」
「…………………はい?」
 けっきょく、根くらべに負けて、先に声を発したのはヤマダくんの方だった。
「………………………………」
「…………もしもし?」
「……………………………………」

 ――ガチャン!!

 こらえきれず、叩きつけるように乱暴に電話を切ると、ヤマダくんは大きくタメ息をついた。
「また……?」
 その声に振り向くと、ワタナベさんが不安そうな表情でヤマダくんの方を見ている。
「……ん」
「いつもの無言電話……?」
「……ああ」
 いかにも飽き飽きした、という口調のやりとりから、これが昨日今日始まった、一度や二度の出来事ではなく、これまでに何度となくくり返されてきたということがわかる。
 まったく、たまったものではなかった。

 ヤマダくんのシェアハウス『バーデン-H』は、もはや事実上崩壊していた、といってよかった。
 この時点で、『バーデン-H』の入居者数は3名。オーナーであるヤマダくんと婚約者のワタナベさん、それにもうひとりである。
 その「もうひとり」が、サカグチさんではないということ――それだけがヤマダくんたちにとって唯一の希望といえた。
 3週間ほど前のことである。
入居者たちが次々に退去していくことにたまりかねたヤマダくんが、不動産管理会社のオオシマ女史に、その原因であるサカグチさんの件を相談してみたところ、

「……こういうケースは初めてではありませんので、私どもにお任せいただければ」

 と、彼女の口からは頼もしい返事が返ってきた。
 その後、オオシマ女史たちがどのような説得工作を行ったのか、ヤマダくんは知らない。ただ、それから2週間ほどのうちに、ヤマダくんはサカグチさん自身の口で『バーデン-H』から退去するとの申し出を聞くことになった。
 その2日後には、サカグチさんは荷物をまとめて退去していった。
 こうして、ようやく原因を取り除くことに成功したヤマダくんたちは『バーデン-H』の再生に着手したのだが……。

 サカグチさんの退去と時期を同じくして、無言電話をはじめとする「何者かの親がらせ」が始まったのである。
 シェアハウスを利用する人々のインターネット上の複数のコミュニティ、あるいはまったく無関係の匿名掲示板などに『バーデン-H』の実名と住所、電話番号やSNSのアカウントをさらしたうえで、根も葉もない誹謗中傷の書き込みが連日行われた。
 その結果、入居希望者は目に見えて激減し、まともな問い合わせはほとんどゼロになったのに対し、明らかに冷やかし目的としか思われない問い合わせが増えていたのである。
「……やっぱり、サカグチさんのしわざなのかしら?」
「いや、そうとも限らないよ。少なくとも一時期、Twitterにここの番号がさらされてたのは事実だから……」
 嫌がらせが始まって間もなく、ヤマダくんはまたまたオオシマ女史に相談したうえで、今回は敢えてそれらの犯人探しはせず、基本的には放置するという方針を取ることにした。以来、嫌がらせは止むことなく(かといって、特にエスカレートすることもなく)続いていたのだが……。
「でも、いつまでこんな状況が続くの……?」
 不安を隠しきれないワタナベさんの問いに、
「そう長いことじゃない――と、思う」
 努めて明るい口調でヤマダくんは即答してみせた。
「さいわい、といったら何だけど、『バーデン-H』はそれほど注目度が高いわけじゃないし、『炎上』というにはほど遠い状況だからね。オオシマさんも言ってたけど、まあ、1ヶ月も無視していれば相手も飽きるんじゃないの……?」
 この点については、ヤマダくんは案外楽天的なのである。ネットで「炎上」という場合、不特定多数のネットユーザーがわらわらと参加して「祭り」になるのがふつうだが、『バーデン-H』の場合、書き込んでいるのも叩いているのもごく一部。シェアハウス人口自体が少ないということもあって、それほど社会的に広がっているわけではなかった。少し前の「脱法ハウス問題」の騒動のときには、どう見てもそれまでシェアハウスのことなんか知識も関心もなかったとしか思えない層のネットユーザーが多数参加していたものだが……。
 ヤマダくんの気休め半分の言葉に、それでも、ワタナベさんは少し気を取り直したようだった。不安の名残りをこびりつかせながら、無理やり笑みを浮かべようとする。
 そのとき――。
 ふたたび、固定電話が鳴りだした。
 ヤマダくんとワタナベさんは一瞬顔を見合わせ、それからのろのろとした動作で受話器に手を伸ばす。
「……」
「……」
「……あの、もしもし? そちら『バーデン-H』さん……ですよね?」
「あ、はい……?」
 例の無言電話でなかったことにホッとしたのも束の間、どことなく聞き覚えのある声に、ヤマダくんは一瞬怪訝な表情を見せた。
(つづく)

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