第23話 ヤマダくん、復活の兆し……!?

「……えー、では、改めまして」
 すでにアルコールが入っているせいか、少々呂律の怪しい口調でヤマダくんは言った。
「われらが『バーデン-H』の、再出発を祝って……」
 言葉を切って、テーブルの左右の顔ぶれを見回す。ヤマダくんを含めて総勢5名――1年前、はじめて開いた月例パーティの、ちょうど半分だ。あのときの参加者で、今この場に残っているのは、ヤマダくん自身とワタナベさん、そしてワタナベさんの友人である203号室のタバタさんの3名だけ。残る7名の参加者のうち、ワタナベさんの父親で『バーデン-H』の共同経営者であるワタナベ氏を除けば、6名のシェアメイトが1年と経たないうちに退去していったことになる。
 一抹の寂しさと苦々しさを込めて、ヤマダくんはほんの一瞬眼を閉ざし、それから手にしたグラスを高々と掲げて言った。
「乾杯……!」
 メンバーが「乾杯」の声を唱和し、そこここでグラスとグラスがぶつかる音がする。
 ヤマダくんはそちらを見ようともせず、口元にグラスを引き寄せてひと口中身を啜った。ビールの炭酸がノドをピリピリと刺激し、思わずむせそうになる。
(……そういえば、こういうのって、ずいぶんひさしぶりなんだよな)
 ヤマダくんはしみじみとそう考えていた。
「月例パーティ」と名づけたハウス内でのパーティは、毎月の恒例になるどころか、オープンしてから最初の2ヶ月開かれただけで終わってしまった。ヤマダくんがひそかに気合を入れていたクリスマスパーティは、ヨシザワさんの急な退去騒ぎでなしくずしに中止。その後、トラブルメーカーのサカグチさんが加わってからは、堅苦しいハウス会議を1回開いたきりで、こうした「気の置けないシェアメイト同士のパーティ」はついぞ開かれることはなかった。
 そういう意味で、今夜のパーティはひさしぶりで、かつ、格別だった。
 なにしろ、一時は廃業さえも覚悟したヤマダくんのシェアハウス『バーデン-H』が、こうして2名の新しいシェアメイトを迎え、曲がりなりにも再スタートを切ることができたのだから……。
 依然として満室にはほど遠く、安心できるような経営状況ではなかったが、少なくともドン底からは脱したという手ごたえをヤマダくんは感じていた。
(……これというのも、「彼」のおかげなんだよなぁ)
 そう考えながら、ヤマダくんはこの復活劇のきっかけをつくってくれた人物に視線を向ける。――あの日、突然かかってきた1本の電話の主に。

 連日のしつこい無言電話のイヤガラセに、ヤマダくんとワタナベさんが心底ウンザリしていた、あの日――。
「……あの、もしもし? そちら『バーデン-H』さん……ですよね?」
「あ、はい……?」
 どこかで聞いたような声だな、とヤマダくんはかすかに首をひねった。おそらく30代の前半くらいだろう、若いが、落ち着きのある男性の声。いつだったか、それほど遠くない過去に知っていたはずの相手の声だと感じた。
「ええと……ヤマダくん、だよね?」
「え? はい」
「どうもご無沙汰してます。覚えてますか? アオノです」
「……アオノさん!?」
 道理で聞き覚えがあるはずだった。電話の主は、『バーデン-H』を開業する前にヤマダくんが住んでいたシェアハウスで、シェアメイトたちのリーダー的存在だったアオノさんだったのである。
「じつはこの前、たまたまカワムラくんに会ってね……」
「カワちゃんに……?」
「聞いてるよ、いろいろ。なんか、大変だったみたいじゃない?」
「ええ、まあ……」
「それで、ってわけでもないんだけど……ちょっと相談したいことがあってさ」
「相談……おれに?」

 アオノさんの話というのはこうだった。
 彼が今住んでいる――つまり、以前ヤマダくんやカワムラくんたちが住んでいた――シェアハウスが、廃業することになったらしい。オーナーの都合、ということで、詳しいことはよくわからないが、どうもここ最近世間を騒がせている「脱法ハウス問題」の影響もあってか、シェアハウス事業そのものから撤退する方針を固めたらしいという。
 たしかに、あの騒動からこっち、特にファミリータイプのマンションの1室を改装したシェアハウスは世間の風当たりが強く、マンションの管理組合からねじ込まれるケースも増えてきている。アオノさんたちのハウスは一戸建てだったが、オーナーは他にもマンションタイプのシェアハウスをいくつか経営していて、そちらで管理組合とトラブルになり、シェアハウスそのものに嫌気がさして……ということのようだった。
「――それでさ。もしよかったら、そちらでお世話になれないものかと思って」
 ――願ってもない話だった。
 ただでさえ、『バーデン-H』はここ半年近くも赤字続きだ。家賃収入でローンを賄うどころの話ではなく、ヤマダくんの自己資金を切り崩して返済に充てていた。もともと頭金にするつもりで貯めていた銀行預金は、物件をシェアハウス化する際のリフォーム費用ですっかり目減りしていた。オープン当初こそ満室稼動で、ローンの支払いの他に預金する余裕もあったのだが、それも数ヶ月で破綻し、今では月々の支払いも負担になっていた。婚約者であるワタナベさんの家賃(結婚するまではケジメが必要だからといって、彼女はちゃんと自分の分の家賃を毎月ヤマダくんに渡していた)まで当てにしなければローンの支払いもできない状況だったのである。
 もちろん、「共同経営者」であるワタナベ氏に泣きつくのは論外だった。筋を通して話せば、ワタナベ氏は出資してくれるかもしれない。だが、それは婚約者の父親に「娘の結婚相手として失格!」という烙印を捺されることを意味していた。
 そんなわけで、新たな入居希望者は大歓迎なのだが、さすがに「誰でもいい」というわけにはいかない。焦って人を入れて、もしまたサカグチさんのようなトラブルメーカーを入居させてしまったら、今度こそ再起不能だ。

 その点、アオノさんなら理想的だった。
 人間性はまさに文句なし。協調性があり、面倒見がよく、シェアハウス歴はヤマダくんよりずっと長くて経験豊富。気心も知れているし、収入面にも不安はない。以前住んでいたハウスは男性専用だったが、男女共用ハウスに住んだ経験もあると聞いているし、見た目もさわやかなイケメンタイプだから女性受けもいいに違いない。
 ヤマダくんは、ほとんどふたつ返事でアオノさんの申し出を受け入れ、今日、こうして歓迎会を開くことになったのである。
 ちなみに、もうひとりの新入居者であるスガワラくんも、アオノさんの紹介だった。ヤマダくんたちが退去した後にハウスに入ってきたシェアメイトだそうで、廃業で立ち退かねばならなくなり、実家に近いH市で引っ越し先を探していたという。人間性はアオノさんの保証付きだった。
 これで『バーデン-H』は、1階の男性専用フロアがすべて埋まり、空いているのは2階の女性専用フロアが4室。このうち1室は、アオノさんの彼女が入居を希望しているとのことで、近日中に面接することになっていた。
 まだまだ空室を抱えてはいるものの、復活の日は近い。
 そう力強く確信しつつ、ヤマダくんは空いたグラスに手酌でビールを注ぐのだった。
(つづく)

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