第24話 ヤマダくん、嵐の予感?

 カラカラ――ッ。
 何気なく、バスルームへ続く脱衣所のアコーディオンカーテンを開けた瞬間――ヤマダくんは反射的に叫んでいた。
「あッ……し、失礼しました……!!」
 目の前にあったのは、まぶしいくらい真っ白な肌。
 ほんのり上気しているのは、風呂上がりだからだろう。
「Oh!What?」
 慌てて視線をそらしながら引き戸を閉めるヤマダくんの耳に、ネイティヴな発音の驚きの声が追いかけてきた。

「ん? どうしたの?」
 逃げるようにバスルームから洗面所を抜けて、リビングに出てきたヤマダくんを見て、アオノさんが声をかけた。
「あ、いや、その、つまり……」
 しどろもどろになりながら答えようとしたヤマダくんは、アオノさんが洗面所の方に向かおうとしているのを見て、大慌てで制止する。
「あー、ダメダメ、今はダメ――!」
「何? トイレ、行きたいんだけど……」
「いや、だから、ちょっと――」
「だから何?」
「と、とにかく、今はマズイって――」
 リビングから洗面所への入り口の手前でふたりが押し問答しているところに。

 カラッ――!

 脱衣所のアコーディオンカーテンが開いた。
「Hi!」
 屈託のない声でヤマダくんたちに声をかけてきたのは、濡れた金髪とグラマラスな肢体にバスタオルを巻きつけただけの、若い白人女性だった。

「メアリーと、呼んでくだサーイ」
 語尾こそ外国人にありがちなアクセントながら、なかなか流暢な日本語を操るその女性が、ヤマダくんのシェアハウス『バーデン-H』に現れたのは、3日前のことだった。
 オーストラリアはメルボルンからやってきた、メアリー・ワトキンス嬢である。
 仕事の都合で、2ヶ月ほど日本に滞在することになり、住むところを探していたのだという。彼女は本国でもシェアハウス住まいだそうで、「どうせなら、ホテルやウイークリーマンションより、日本のシェアハウスに住みたい!」ということらしい。
「メルボルンでも、日本人のシェアメイト、たくさん、たくさんいまシタ。ワタシ、日本人大好きデース!」
 あっけらかんとメアリーは言った。
 人好きのする笑顔だった。
 丸っこい鼻と、そばかすの濃い顔立ちは決して美人とはいえないが、27歳という年齢にしてはやや幼い感じで、不思議な愛嬌があった。
 色はさすがに白く、11月だというのにジャケットの下はノースリーブ1枚で、肩から二の腕にかけての肌の白さは、思わず視線が吸い寄せられそうな色気があった。
「ワタシ、このハウス、気に入りまシタ。ぜひ、ここに住みたいデース!」
 そういうことなら、ヤマダくんにしても願ったり叶ったりというところだった。
 さいわい――といってはなんだけれど――空室はまだあった。
 10月から新たに2名のシェアメイトが入居し、ようやく『バーデン-H』は稼動率が80パーセント弱までこぎつけていた。1年前に満室稼動でオープンした当時に比べればまだまだだが、今年の夏に稼動率30パーセント台まで落ち込んでいたことを思えば隔世の感がある。アオノさんたちが合流してくれた効果は予想以上で、ハウス内の雰囲気はすっかり明るくなった。
 ただ――シェアメイト同士があまり仲良くなり過ぎると、新しい入居者がなじみにくくなるという問題もあった。
 古参と新参の間で、妙な派閥のようなものができてしまい、何となく人間関係がギクシャクしてくる。今にして思えば、今年の春ごろの『バーデン-H』は、まさにそんな雰囲気だったような気もする。問題行動を起こすシェアメイト個人だけが悪いのではなく、そんな行動に走らせてしまうハウス内の空気にも原因があるのではないか――ヤマダくんはそんなふうにも考えていた。
 ともあれ、新しいシェアメイトは大歓迎だ。
 たとえそれが、突然飛び込んできた謎の外国人であったとしても――。
 ヤマダくんはその場で、メアリーの入居を認めた。
 一応、形式的にワタナベさんの立ち会いのもとでカンタンな面接を行ったが、それは、入居審査というよりも、これから新しく同居人となる相手の人となりを知るための「お見合い」のような儀式だった。
 ――こうして、『バーデン-H』に8人目の入居者が加わった……のだが。

「…………メアリー?」
 低く押し殺したような声音で、じーっと睨みつけながらワタナベさんが言った。
 リビングのソファに向かい合ってワタナベさんとメアリーが向かい合って座り、ワタナベさんの横にヤマダくん、少し離れたダイニングの椅子にアオノさんと、アオノさんの彼女で204号室に入居したフジノさんがいた。ほかのメンバーはまだ帰ってきていないか、自室に引き上げたようだ。
「…………Why?」
 メアリーはどことなく不満げ――というより、むしろ状況が理解できていないらしく、きょとんとした表情に見える。さすがに衣服を身につけてはいたが、あいかわらず肩がむきだしになったノースリーブの部屋着である。ワタナベさんが腹を立てている、ということはどうやら理解しているようだが、何故自分が叱られているのかがよくわかっていないようすだった。
「女性用のバスルームは2階にあるでしょ? 1階は男性用だと言っておいたはずだけど?」
「Oh,sorry! ワタシ、チョトうっかりしてまシタ」
「『うっかり』じゃないでしょ!」
「……? ワタシ、日本語間違いまシタ?」
「そういうことじゃなくて!」
「ミス・ワタナベ、何怒ってまスカ?」
 ――ワタナベさんはチラ、とヤマダくんの方を見て、おおげさにタメ息をついてみせた。

 万事がこの調子だった。
 メアリーが入居して3日目、ヤマダくんやワタナベさんたち『バーデン-H』のメンバーは、彼女ひとりに振り回されていた。
 天真爛漫――といえば聞こえはいいが、あまりにも無邪気で、無防備すぎる。
 暑がりなのか、ハウスに帰ってくると下着同然の恰好で過ごす。
 男性用の1階のバスルームを使うだけならまだしも、風呂上りにバスタオル1枚で男女共用スペースをうろうろする。
 ワタナベさんや、ほかの女性シェアメイトが注意すると、その場では素直に謝るが、また同じことをくり返す……。
(――どうも、またもやトラブルメーカーを背負いこんでしまったのかもしれないぞ……)
 ヤマダくんも内心、そう感じてはいたのだが――。
 相手が外国人で、しかもチャーミングなブロンド女性となると、どうしてもオトコというものは評価が甘くなるものらしい。
「まあ、まだ慣れてないんだから、今後は気をつけてもらえれば……」
 そう、とりなし顔で口をはさんだとき――。
 ――ワタナベさんが、ものすごい形相でヤマダくんを睨みつけてきた。
(つづく)

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