第25話 ヤマダくん、一触即発!?

「……言えないんでしょ?」
 聴いているだけで耳の中がチクチクしてくるような、じつにトゲトゲしい口調だった。
「………………」
「……わたしから言ってあげてもいいんだよ?」
「……いや、それは……」
「言えないクセに!」
 突き放すような冷ややかな声音で、ワタナベさんがそう決めつけた。
「けっきょく、そういう人なんだよね、ヤマダさんって……」
 逃げるように視線をそらしているヤマダくんに向かって、彼の最愛の婚約者であるところのワタナベさんは、冷たくそう言い放った。
 そのまま、遠ざかっていく恋人の気配を背中に感じながら、ヤマダくんは身じろぎもせずソファにうずくまっていた。
 2階へ昇っていく階段の足音が、いつもよりずいぶんと荒っぽい。ワタナベさんも相当ストレスが溜まっていたようだ。それに気づかないほど鈍い男ではないつもりだったが――ヤマダくんはやっぱり、その場を動こうとしなかった。

――ヤマダくんのシェアハウス『バーデン-H』に金髪グラマーのオーストラリア女性、メアリー・ワトキンス嬢が入居して、すでに1ヶ月以上が過ぎていた。
 さすがに入居当初のようにひっきりなしにトラブルを巻き起こすことはなくなったが、それでも3日に1度は何らかの騒ぎが起こっている。それも、当初のようなあけっぴろげの罪のない騒動ではなく――メアリー本人は意識していないようだが、ややもすると深刻なトラブルに発展しかねないものが増えていた。
 たとえば――。
「Good morning,ミス・フジノ!」
 朝、メアリーが明るくそう挨拶してきても、
「…………」
 204号室のフジノさん――アオノさんの彼女は返事もせず、そのまますたすたと階段を降りてきてしまう。朝っぱらからご機嫌ななめなのかと思えば、階下で別のシェアメイトを見つけると満面の笑みで話しかける。まるで、メアリーの存在を無視するかのように。
 あるいは――。
「Oh,ミス・タバタ、チョト待ってくだサーイ!」
 玄関で、ひと足早くハウスを出ようとしている203号室のタバタさん――ワタナベさんの友人に声をかけ、いっしょに出ようとすると、

 ガチャッ……!

 先に外に出たタバタさんが、ブーツを履きかけたメアリーの鼻先でドアを閉め、カギまでかけてしまう。出かけるときに戸締りするのは自然な習慣とはいえ、これもあからさまにメアリーの存在を無視した態度だった。
 大人げないといえば、あまりに大人げない。フジノさんにしても、タバタさんにしても、こんなイジワルをするようなキャラではなかった。あきらかに、メアリーに対して腹に据えかねているという態度である。
 そして、ワタナベさんもまた――。

「Noooo!!」
 悲痛な叫びを上げて、メアリーがびしょびしょに濡れた洗濯物を部屋に取り込んでいる場面を目撃したヤマダくんは、さすがに見かねてワタナベさんに文句を言ってみた。
「――さっき雨が降りだしたとき、なんでメアリーの洗濯物もいっしょに取り込んどいてやらなかったんだ?」
 小一時間ほど前、ワタナベさんがベランダでバタバタしているのをヤマダくんは見ていたのだ。午前中よく晴れていたこともあって、陽当たりのいいベランダには女性陣の洗濯物が鈴なりになっていた。てっきりほかの人の分もついでに取り込んだものと思っていたが、ワタナベさんはわざとメアリーの分だけそのまま外に干しっぱなしにしておいたようなのだ。
「だって、彼女の洗濯物はいちばん外側に干してあったのよ。あのときにはもう、ズブ濡れになってたわ」
「だからって、そのまま放置するのはひどいんじゃないの?」
「だって……だって!」
 ――そういうワタナベさんの表情は半泣きだった。
「ヤマダさん、どうして彼女にばっかりそんなに甘いのよ……!!」

 ――と。
 ここまできてようやく、女心に鈍感なヤマダくんにも事情が呑み込めた次第である。

「……ねえ。あの人、いつまでここにいるの……?」
「え……? たしか、最初2ヶ月って言ってたから……たぶん年内いっぱいくらいは……」
「ホントね? ホントに年内に出ていくのね?」
「いや、それは本人に訊いてみないと……」
「じゃあ訊いてよ! いついつまでに出ていくって」
「そんなこと訊けるわけが……」
 ――思わず口ごもるヤマダくんを、ワタナベさんはキッと睨みつけた。

 その夜――。
 ヤマダくんが相談を持ちかけた相手は、アオノさんだった。
「……どうしたもんですかね〜?」
 口調こそ軽いが、どことなく深刻な響きのある声音で、ヤマダくんはメアリーとワタナベさんたち女性陣の問題について包み隠さず打ち明けてみた。もちろん、同じ屋根の下で生活しているアオノさんのことだから、とっくに気づいてはいるのだろうが。
「まあ、フジノの件については僕も、少し気にしてはいたんだけどね……」
 アオノさんにしても、まるっきり他人事というわけでもない。ワタナベさんがヤマダくんに対して感じていたように、フジノさんもアオノさんに対して思うところはあったのだろう。このところ、2人きりのときにはメアリーに対する不満めいたことを口にすることもあったようだ。
「単純に、外国人入居者とのトラブルなら経験がないこともないんだけど……こと、女性同士の問題が絡んでくるとね……」
 さすがのアオノさんもいささか歯切れが悪い。だが、
「このぶんだと、来週のクリスマスパーティも……」
 と、うんざりした口調でヤマダくんが漏らしたとき――。
「そうか――パーティか!」
 ふいに、アオノさんの目がキラ、と光った。
(つづく)

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