第30話 ヤマダくん、動揺する

「それじゃ、お疲れさま〜〜カンパーイ……」
 あまりやる気の感じられない乾杯の音頭に、居並ぶメンバーもお義理のように唱和する。
「乾杯……」
 お互いにグラスをぶつけることもなく、めいめいがちょっと手前に掲げてみせただけで、一同はグラスを口に運ぶ。
 会話は妙に弾まない。
 といって、まるっきり沈黙するわけでもなく、それぞれ隣や正面の相手とボソボソ勝手に話してはいるのだが……どこかしら、居心地の悪い空気が漂っているようにヤマダくんは感じていた。

 一応、「三次会」という名目である。
 つい1時間ほど前まで、彼らは都心のちょっと小じゃれた店で、アオノさんたちの結婚式の二次会に参加していた。アオノさんとフジノさん――正確には、すでにアオノ夫人である――の学生時代の仲間や職場の同僚、彼らが今までに住んできたシェアハウスでの交友関係なども含め、全部で100人以上が集まった盛大な二次会である。ヤマダくんたち『バーデン-H』からは現入居者の6人全員と、過去に入居していたカワムラくんなども顔を見せていた。
 これがアオノさんたちの人徳、というものだろう。ヤマダくんも、以前のシェアハウスで一緒に暮らした顔見知りと挨拶を交わし、「今は自分でハウスやってるんだけど、もしよかったら……」などと誘いをかけたりもした。二次会ではお約束のビンゴ大会なども催され、『バーデン-H』のメンバーでは205号室のヨシカワさんが景品を当てたりして、大いに盛り上がった。
 お開きになった後、みんなでハウスに帰ってきてからも、なんとなく自分の部屋に戻りにくく、こうしてリビングでありあわせの飲み物とつまみを並べて三次会、という雰囲気になったのだが……。
(――なんだろう、この空気の感じは……?)
 楽しかった二次会の反動か、ヤマダくんは妙に鬱々としていた。
 アオノさんたちが退去して、ちょうど3週間。その間、何人かの入居希望者と面談してきたが、まだ新しい入居者は決まっていない。夏に退去するといっていたスガワラくんは、正式な退去日はまだ決まっていないが、おそらくお盆前後になるだろうとのことだった。もちろん、明日にも新メンバーが決まるかもしれないとはいえ、最悪の場合、あと1ヶ月半以上は現在の顔ぶれで過ごすことになるわけなのだが……。

「――アオノさんたちって、昔いたハウスで知り合ったんですよね?」
 ふと、思いついたように口にしたのはタバタさんだった。
「らしいね」
 ヤマダくんが応じる。本人たちから直接くわしいなれそめを聞いた記憶はないが、今日の二次会ではたしか、そんなふうに紹介していたように思う。
「でも、シェアハウスで成立するカップルって多いんですか?」
 タバタさんはもともとワタナベさんの友人で、彼女に誘われて入居したクチである。かれこれ2年近く住んでいるのだが、『バーデン-H』以外のハウスは知らないので、そんな質問が出てくるのだろう。
「さあ……どうなんだろ?」
 ヤマダくんは思わず、婚約者のワタナベさんと顔を見合わせる。ヤマダくんたちは会社の同僚として出会い、先につきあい始めてから『バーデン-H』を開業して一緒に暮らすようになったので、ハウス内での出会いについては疎いのだ。
「あ、でもそれって、ハウスにもよるんじゃない?」
 そう応じたのはスガワラくんだ。彼は過去にいくつものシェアハウスを転々としてきたので、そのあたりの事情はくわしい。
「そうそう。なんていうか、けっこう乱れてるところもあるよ。知らないうちにくっついてて、周りが気づいたときにはもう別れてたりとか……」
 ヨシカワさんが調子を合わせる。彼女もシェアハウス歴は長いほうだと聞いている。
「昔住んでたとこなんか、アメリカ人でさ、帰国するまでの半年間に3人もとっかえひっかえつきあってた奴がいたな」
「それ、相手は全部同じハウスの人?」
「そうそう、2人目と3人目の子は別れたらすぐに出ていっちゃったけど、最初につきあった子はけっきょく、そいつが帰国するまでずっと同じハウスに住んでて。よく平気で顔合わせられるもんだと感心したよ」

「そうなんだ……」
 タバタさんはあっけにとられたようにつぶやいた。少なくとも、この『バーデン-H』内ではそういう浮いた話は今までまったくなかった。もっとも、成立したカップル自体は2組――ヤマダくん&ワタナベさん、アオノさん&フジノさん――もいたわけだが、どちらも『バーデン-H』に入居してきたときにはすでに恋人同士であり、いわば「カップルがたまたまシェアメイトになった」という関係だ。「ただのシェアメイト同士が、ある日突然カップルになった」というケースはまだ知らないのである。
「うちってそういうとこ、どうなんでしょうねぇ……?」
 意味ありげな視線を投げかけてくるタバタさんに、ヤマダくんは思わず動揺する。
(――そういえばタバタさん、最近彼氏と別れたとかなんとか……?)
 ワタナベさんから聞いていた情報を思い出して、ヤマダくんは少々うろたえていた。ハウス内で入居者同士が恋愛沙汰を起こすのは、正直、オーナーという立場としては歓迎できない。くっついたり別れたりで人間関係が悪くなり、人の出入りが激しくなることが想定できるからだ。しかし、どこぞのアイドルグループでもあるまいし、ハウスルールに男女交際禁止を謳うわけにはいかない。だいいち、自分たちのことを棚に上げていては説得力がないし……。
「いや、どう……っていわれても……」
 もごもごと歯切れの悪いヤマダくんであった。
(つづく)

ログイン

ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失


シェアハウス大家さん
倶楽部(無料)

シェアハウスで不動産投資に踏み出すサラリーマンやOLの皆様を応援する会員制プログラムです。ご登録いただくと各種不動産投資情報やサービスを無料提供致します。
入会申込(無料)