第31話 ヤマダくん、途方に暮れる……

「で……?」
 なるべくキツい言い方にならないように気をつけながら、ヤマダくんは話の先を促した。
「なんつうか、つまりその……まあ、そういうことになっちゃってさ」
 照れくさそうに頭をごしごし掻きながら103号室のスガワラくんが答える。困ったように目くばせしている相手は、ソファの隣に座っている203号室のタバタさんだ。
「いや、いいんだけどね。……ホント、いいんだけどさぁ……」
 ヤマダくんはタメ息をついて、彼の隣――タバタさんの正面に座っているワタナベさんの方をちら、と見る。そして、口には出さずに胸の裡でそっとボヤいた。
(ホント、どうしたもんかなぁ……?)

 8月に入り、ヤマダくんのシェアハウス『バーデン-H』ではシェアメイトの顔ぶれに変化があった。アオノさんとフジノさん(現・アオノ夫人)が退去した後、204号室にはスギシタさん、102号室にはイトウくんという新しい入居者が加わっていた。前々から「お盆前に退去する」と言っていたスガワラくんもどうやら引っ越し先を決めてきたらしかった。寂しくなるが、それはそれで仕方ない。ヤマダくんも入居者募集に本腰を入れ、新しい募集サイトに登録するなどして、ようやく次の入居者が決定したばかりだった。103号室はスガワラくんが退去した後、お盆期間中に次の入居者の荷物が運び込まれる――予定だった。
 そんなとき、スガワラくんが突然、
「引っ越すの、ヤメにしようと思うんだけど……」
 と、とんでもないことを言いだしたのである。
 これが、もう少し早ければ話は別だった。なんだかんだ言っても、まったく知らないメンバーを新しく入れるよりは、気心の知れたシェアメイトのほうがハウス運営はラクである。すでに新人がふたりもいることだし、さらに新しいメンバーが増えるとなれば、お互いに慣れるまで、ヤマダくんはリーダーとしてそうとう気を遣うことになる。
 そうはいっても、すでに決まってしまった人に今さら入居をお断りすることはできない。ヤマダくん自身も面接してみて、この人ならすぐに『バーデン-H』になじんでくれるだろうと判断した相手なのだから……。
 ともかく、事情を説明してほしい――そう言うヤマダくんに対して、スガワラくんがセッティングしたのがこの場であった。場所は『バーデン-H』のリビング。ヤマダくんとスガワラくんのほか、ワタナベさんとタバタさんが同席していた。

「……えーと、1ヶ月くらい前だったかな? 帰りの電車で偶然、タバタさんといっしょになってさ。で、せっかくだからって飲みに行ったら、なんか知らないけど意気投合しちゃってさぁ……」
「『なんか知らないけど』ってことはないでしょ!」
 タバタさんがすかさずツッコミを入れる。
「いや、まあ、そんなわけで。こっちはこっちで、ちょうどいろいろマズいこともあってさ……。まあ、そんなこんなで……」
 どうにも一向に要領を得ないスガワラくんの説明だが、「いろいろマズいこと」とは、こういうことらしかった。
 スガワラくんには以前からつきあっていた彼女がいて、『バーデン-H』を退去するという話も、彼女と同棲することを視野に入れていたそうだ。引っ越し先がなかなか決まらなかったのは、彼女とうまく意見が合わずにモメていたらしい。スガワラくんは引っ越し先について「どうせ、いっしょに住むだけだから」と軽く考えていたらしいが、彼女の方では「これを機に入籍して、新居を」というところまで考えていたようだ。そうこうするうちに時間はどんどん過ぎ、退去を約束した日が近づいてくる。とうとうスガワラくんは、彼女に無断であるアパートを決めてきてしまった。
「どうせ2年もすればまた引っ越すんだから、どこだっていいだろ?」
 そのスガワラくんの言葉に、彼女がブチ切れたのだという。彼女はスガワラくんと別れたその足で不動産屋へ行くと、アパートの契約を取り消してしまった。これにはスガワラくんもブチ切れ、ついにケンカ別れとなってしまったのである――。

「で、まあ、お互いにフリーになったばかりということで、いろいろ話してるうちに……」
「つきあうことになった、と。……まあ、それはいいんだよ。外野が口出すことでもないし。でもねぇ……」
 ヤマダくんはまたもやタメ息をついて、ワタナベさんの顔色を窺う。
(どうも、思った以上にナマナマしい話になっちまったな……)
 ワタナベさんはタバタさんとは学生時代からの親友だから、タバタさんとスガワラくんがつきあっていることは前もって耳にしていたはずだ。だが、スガワラくん側の事情は聞いていなかったとみえて、さっきからむっつりと黙りこくっている。
(公平に見て、前カノに対するスガワラくんの態度はちょっとひどいな。こりゃ、タバタさんも気をつけないと……。いや、それはそれとして、いま問題なのは……)
「だからといって、引っ越すのヤメにしてここに住み続けたいって言われても……」
 次の入居者はもう決まっている。入居日まで、もう間がない。今さらそんな無理を言われても困る。
 ――それを、どう伝えれば納得してもらえるのか。
 ヤマダくんはいささか途方に暮れていた。
(つづく)

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