第34話 ヤマダくん、衝撃走る!?

「メリークリスマス!」
 唱和と同時に、今夜ばかりは少々張り込んだスパークリングワインを満たしたグラスが、一斉に澄んだ音色を立てた。
 全員がグラスに口をつけ、無言で炭酸の刺激に咽喉を鳴らす。美味い。じつに、美味い。
 無言はほんの一瞬で、たちまち座のそこここで歓談が始まった。
「今年はいつ帰郷するんだっけ?」
「いやぁ、今年の年末はマジでキツかったなあ……」
「お、メリクリメール来てた!」
「そういや、来週の大掃除の当番なんだけどさ……」
 めいめいの口から、思い思いの言葉がテーブルを囲んで飛び交う。
 テーブルの中央には、クリスマス定番のチキンが山ほど盛られている。あらかじめヤマダくんたちが予約しておいたものに加え、シェアメイトの何人かが気を利かせたつもりで帰りがけに買い込んできたものだ。他に、サラダの皿が3種類、オードブルの盛り合わせが2種類、ローストビーフにポトフにキッシュ……。
 乾杯用のスパークリングワインが空になると、用意していたワインのコルクが抜かれた。とりあえず、赤と白を2本ずつ。缶ビールを片手に早くも顔を赤くしている者、手を脂でギトギトにしながらチキンにかぶりついている者、スマホでテーブルの料理やパーティに興じるシェアメイトたちをパシャパシャ撮っている者……。
3回目を迎えた『バーデン-H』のクリスマスパーティは、今年も盛況であった。

 ――12月24日。
 クリスマスイブ当日の夜にパーティを開くに当たっては、じつは多少の紆余曲折があった。
 早い話が、曜日の兼ね合いである。今年は24日が平日、それも水曜日という週のど真ん中に当たる。ヤマダくんとしては、当初はまさか平日の夜にパーティを開く気はさらさらなかった。
 第1候補は21日。第2候補は23日の天皇誕生日。あと、予備日として20日の土曜日か、22日の月曜日あたりを考えていた。
 ――ところが。
「あ、私21日は予定がありますから……」
「20日は忘年会なんだよね……」
「23日はデートの約束が……」
「え、月曜日? うーん、その日は何時に帰れるかちょっとわからないや……」
 という具合で、メンバーの予定がまったくかみ合わない。
 週末に延ばすことも考えたのだが、そうすると今度は「前倒しならまだしも、25日過ぎてからクリスマスってのもマヌケじゃない?」という意見が出てきた。じっさい、26・27日頃には店頭からクリスマスメニューが消え、お正月一色に染まってしまう。
 そんななかで、どういうワケか24日のイブ当日だけは、シェアメイト8人の予定がぽっかりと空いていたのである。
 カレンダーの都合で、ハウス外に彼氏・彼女のいるメンバーも前週末か、23日の祝日に会うことにしていたらしい。24日は週のど真ん中で、翌日・翌々日と仕事が入っているから遅くまで出歩きたくない。とはいえ、イブの夜に会社で残業しているのも気が利かない。できれば、その日は仕事を早めに切り上げて、家でのんびりくつろぎたい……というのが、全員の本音であったのだ。
 そういうワケで、今年はクリスマスイブの夜にパーティを、という、当たり前のようでいて、じつは少々レアケースのスケジュールとなったのである。

 オードブルの大皿からエビフライとゆで卵を取り分けながら、ヤマダくんはふと、傍らのワタナベさんに目をやった。屈託のない笑顔だった。ひと月前までの、物憂げな表情はすっかり消えていた。
(よかった、よかった……)
 内心で胸を撫で下ろす。
秋口から『バーデン-H』に大ブームを巻き起こした怪談会は、なし崩しに終焉していた。といっても、べつにヤマダくんがやめさせたわけではない。要するに、みんな飽きたのだ。考えてみれば、そう毎晩毎晩怪談のネタが続くはずもない。しょっちゅうやっていれば、いずれネタは尽きる。さんざん盛り上がっていたシェアメイトたちにしても、毎度似たような話ばかり聞かされたら嫌気がさす。
――じつをいうと、あんまりワタナベさんが嫌がっていたので、ヤマダくんはこっそり管理会社のオオシマ女史に相談を持ちかけていた。
これは、一笑に付された。
「ほうっておくのが一番ですよ。すぐに廃れますから」
 この種の流行は、わりとありがちな問題ではあるようだが、深刻化するようなことはほとんどないらしい。そもそも、短期間に一気に盛り上がったブームほど長続きはしないものだそうだ。ある日突然、ブームが去れば「ああ、そんなこともあったねぇ……」という昔話に変わってしまうだけなのだという。
 ――そんなワケで。
一時はワタナベさんにとってかなり深刻な悩みだったようだが、言ってみれば、いずれ時間が解決してくれるという、典型的な悩みだったということだ。

「……何?」
 ヤマダくんの視線を感じたのか、ワタナベさんが問いかけてくる。クリスマスの夜に恋人に問いかけるのにふさわしい、ちょっと甘えた口調だった。
「なんでもないよ」
 ヤマダくんが優しく微笑みながら答える。が――続いて恋人の口から発せられた言葉に、その微笑は思わずこわばった。
「そうそう。年末だけど、いっしょに実家に来てくれるよね……?」
 ………………!!!!!
 ヤマダくんの脳裏を、衝撃とともに「結」「婚」の2文字が駆け巡った。
(つづく)

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