第41話 ヤマダくん、ぼやく

「ええと、こんなん……だったっけ……?」
 ぶつぶつとひとりごちながら、ヤマダくんは目の前の書類とノートパソコンのモニタとをためつすがめつしていた。
 封の閉じられていない封筒に収められていた、二つ折りの書類。タイトルには大きく「国勢調査 インターネット回答の利用案内」とある。
 5年に一度、全国の各世帯に配布される国勢調査の調査票であった。
「めんどくさいなぁ……それに、そもそも……」
 ヤマダくんのシェアハウス『バーデン-H』の101号室――つまり、ヤマダくん自身が自室として使っている個室である。当然、室内には他に誰もいない。にもかかわらず、まるで誰かに相談するような口調で、ヤマダくんは虚空に向かって話しかけていた。
「そもそも、シェアハウスの場合、国勢調査ってどういうふうに書けばいいんだよ?」

 9月上旬、『バーデン-H』の郵便受けに突っこまれていた1通の大判封筒が始まりだった。
 国勢調査そのものはもちろん、ヤマダくんにとって初めてのことではない。5年前の前回は、当時ひとり暮らしをしていたワンルームマンション宛てに届けられた……はずである。「はず」というのは、ヤマダくんがそのときのことをほとんどド忘れしているからで、たしか前回まではインターネット入力形式ではなく、手書きだったという記憶がおぼろげながらある。また、当時はごくごく普通の単身世帯(今だって、独身は独身なのだが……)だったため、特に考えることもなく適当に記入したのだろう。
 だが、5年後の今回はシェアハウス住まい。「家主」は間違いなく自分だが、「世帯主」かどうかと訊かれたら首をかしげてしまう。これが、たとえばアパートだったら、各室ごとに居住者が「世帯主」となるのだろうが、シェアハウスの場合、はたして同じ理屈が通用するのだろうか。
 現在、『バーデン-H』は満室稼動中であり、ヤマダくんの他に7人の同居人がいる。このうち、201号室のワタナベさんはヤマダくんの婚約者ではあるものの、まだ結婚しているわけではないから、法律上は別世帯ということになるだろう。もちろん、他の6室の入居者はそれぞれ別世帯だ。ということは、世帯ごとに合計8通の調査票が届いていなければおかしいことになるのだが……。
「……何で1通しか届いてないんだ?」

 そう。『バーデン-H』に届いた国勢調査の調査票は、オーナー兼住人であるヤマダくん宛ての1通だけだったのである。

 調査票への具体的な記入は、インターネットの特設サイトから入力することになるのだが、同サイトへのアクセスに必要なIDとパスワードは1通につき1つしかない。別世帯の記入を、同じIDとパスワードで処理することは考えられない。ということは、ヤマダくんが他の7人分をまとめて入力するしかなさそうだが――本当にそのやり方でいいのだろうか?
「…………いや、やっぱそれはおかしいだろ?」
 ヤマダくんの思考はそこでストップしてしまう。
 ――大きくタメ息をつくと、ヤマダくんはノートパソコンのモニタに向き直った。国勢調査の特設サイトを表示しているページから別ウインドゥを開き、検索サイトを立ち上げる。検索窓に「国勢調査 シェアハウス」とキーワードを打ち込み、クリックすると――日本全国で同じような疑問を感じていた人が大勢いたらしく、膨大なリンク先が表示された。
 検索上位の方の適当な見出しをクリックすると、そこに参考になりそうな文章が見つかった。

> 国勢調査では、核家族や三世代世帯などの世帯類型ごとの集計結果を公表しています。
> このため、世帯主(代表者)を記入し、各世帯員との続き柄を把握することによって
> 世帯類型を決定しています。御理解のほどよろしくお願いいたします。
> なお、シェアハウスのように、複数の単身者が住居を共にし、独立して生計を営む場合は、
> 異なる世帯として扱い(改正後の国勢調査令第2条第4項第1号)、
> それぞれ報告していただくことになります。

「ふんふん、やっぱりそうだったか。と、いうことは……」
 我が意を得たりとばかりに頷くヤマダくんだったが――そこで、はたと困った顔をする。
「やっぱ、調査票は8通必要ってことじゃん!」
 だが、現実に手元に届いている調査票は1通のみ。これでは、ヤマダくん自身の入力にしか使えない。要するに、地元の国勢調査の担当者(国勢調査員、または国勢調査事務補助員などというらしい)が間違って1世帯分しか配布しなかった、ということなのだろう。
 国勢調査の調査員は非常勤の国家公務員扱いだが、地域ごとにアルバイトのような形で臨時雇用され、ひとり当たり100世帯前後を担当しているらしい。中にはIT機器の苦手な高齢者世帯や、パソコンやスマホなどの端末を持っていない世帯も含まれるので、そういう世帯では手書きの書類を配布・回収するなどケース・バイ・ケースで、いろいろ手間ヒマがかかる仕事のようだ。何しろ人間が手作業でやっていることだけに、中にはミスも生じるに違いない。と、いうよりも……。
『バーデン-H』は、外観だけ見ればごくふつうの一戸建て住宅である。一応、二世帯住宅としての造りにはなっているが、2階に玄関がついているわけではなく、出入り口は正面の1ヶ所だけだ。郵便受けも玄関脇に1つあるだけで、各室の入居者宛ての郵便物は、ヤマダくんか、もしくはその日の当番が分別して配布することになっている。新聞は2紙取っているが、いずれもハウス内の共用でリビングに設置している――。
 もちろん、ご近所の皆さんはここがシェアハウスであることを承知している(開設当初にあいさつ回りもしているし、日頃複数の人間たちが出入りしているのは目にしているだろう)が、調査員が近所の住人ではない場合、そんなことはわからなくても無理もない。
 つまり、調査員のミスには違いないにせよ、責任の一端はハウス側にもあるようだ。本来、調査票の配布は手渡しが原則で、受け取る際に必要な枚数を申し出るもののようだが、留守の間に郵便受けに突っ込まれてはどうしようもない。
「5年に一度のこととはいえ……やれやれ、めんどくさいことになったなぁ」
 ヤマダくんはぼやきつつ、封筒をひっくり返して追加の調査票を要求するための連絡先を探しはじめるのだった。
(つづく)

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