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第97話 ヤマダくん、味方を得る!

「――では、そういうことで。……ああ、何か、ほかにご質問はありますか?」
 モニター画面越しにかるく頭を下げてから、ヤマダくんはふと、思いついたように言葉を重ねる。モニターの向こうの相手は、あいかわらず緊張した面持ちのまま、ひと呼吸ほど沈黙したのち、特にありません、と答えた。
「わかりました。それでは後日、こちらからまたご連絡します――」
 もう一度改めて挨拶し、ヤマダくんはマウスを操作して相手との接続を切った。
 ――ふう。
 かれこれ1年半以上、本業では日常的に使用しているZOOMアプリだが、いまだに通話中に覚える違和感は消えない。相手との接続を切った後、パソコンの周囲に広がる自宅の風景が目に入ると、何やら時間の非連続性を実感してしまうのもいつものことだ。ましてや、今日のZOOM通話は本業の会議ではないし、先ほどまでモニター画面に映っていた相手は初対面で、しかも縦長のスマホ画面だ。相手がスマホ環境なのだから当たり前だが、そのせいもあってか、20分以上も話をしていたにも関わらず、もう、相手の顔が思い出せないような気がする。たぶん、街中ですれ違っても気づかないのではないか――?
 ――ZOOMで話していた相手は、ヤマダくんの所有する1軒目のシェアハウス『バーデン-H』の入居希望者だった。一応、面接ということになるのだが、正直なところ、今日のこれは「プレ面接」とでも言うべきもので、後日、相手に『バーデン-H』に足を運んでもらい、空室を内見してもらいつつ、対面での最終面接を予定していた。ヤマダくんもなるべく最終面接にも立ち会うつもりでいるが、スケジュールが合わなければ管理会社の担当者――退職したオオシマ女史の後任だ――と、シェアメイトリーダーのイトウくんにお願いすることになる。この二人はどうも相性が良くないらしいので、できれば自分も立ち会いたいと思うヤマダくんだったが、こればかりは自分の都合だけでは決められない。
「悪くなさそうな人だったが――大丈夫かなぁ……」
 ため息まじりに、そうひとりごちるヤマダくんだった。

 12月上旬――例年ならまだまだ繁忙期の真っ只中だが、今年もコロナ禍の影響で業務が目減りしているため、ヤマダくんの部署もひと足早く業務が落ち着いてきていた。前月、『バーデン-H』を訪問した際にはイトウくん相手に「入居者募集を再開するぞ!」と息巻いたヤマダくんだったが、その直後、職場が繁忙期に入るのとタイミングを合わせたかのように俄かに沸き起こった例の「オミクロン株騒動」の影響もあり、なかなか思うようには事態は進まなかった。そんな中で、たまたま昨夜、Webサイトの入居者募集告知を見てくれた入居希望者から問い合わせがあり、メールのやりとりで土曜日の今日、ZOOMによるプレ面接を急遽セッティングしたわけなのだが――やはり、モニター越しでは相手の反応はイマイチ読み切れない。無論、相手にしても、興味を持ってくれたからわざわざ問い合わせしてきたわけで、条件さえ見合えば入居してくれるとは思うのだが。
(――ハウスの現状があのままだったら、向こうから断ってくる可能性もあるかも……?)
 ついつい、そんな不安が湧いてきてしまう。イトウくんにはけっこうキツめに釘を刺しておいたから、空室の掃除くらいはキッチリしておいてくれると信じたいところだが、共用スペースや、シェアメイトたちの雰囲気があんな調子だと、入居希望者にしても、あまりいい気持ちはしないだろう。
 ともあれ、関係者に連絡してスケジュールを調整しなければなるまい。師走のこの時期だと、今日の明日、というわけにもいくまいが、入居希望者への返事が遅れるとマズい。遅くとも明日中には返事をしておかないと……。
 ヤマダくんはスマホでLINEを立ち上げ、さっそくイトウくんにメッセージを送る。次に、管理会社に電話をかけながら、ふと、ヤマダくんは「順番が逆だったかな?」という思いが脳裏をよぎった。時計を見ると、夕方の5時過ぎ。幸い、電話は繋がったが、新任の担当者は外出先から直帰するとのことだった。つきあいの長かったオオシマ女史と違って、今度の担当者とはヤマダくんはまだ連絡先の交換もしていない。ともあれ、管理会社の人間に伝言を頼んだが、今日この後で担当者から会社に連絡が入らない限り、今日中に伝わるかどうかは少々心許なかった。まあ、不動産関係の会社だけに日曜日も通常営業だろうから、明日には連絡がつくだろうが……。
 そうこうしているうちに、イトウくんからはメッセージに返信があり、とりあえず面接日時の候補日をいくつか挙げてもらうことにする。管理会社の担当者と調整がついたら、ヤマダくんも都合次第で参加することにして――ようやく、ひと段落だ。
 仮に今回の入居希望者がうまくマッチングできたとしても、まだまだ『バーデン-H』には3部屋もの空室が残っているのだが――それでも、一歩前進には違いない。ただ、問題はもうひとつある。今回、問い合わせがあった入居希望者は、男性だった。『バーデン-H』はその構造上、2階5部屋、1階3部屋の男女共用シェアハウスであり、現状の入居者は男性2名、女性2名である。すなわち、1階の3部屋が埋まると、残りの入居者募集はすべて女性限定となるわけだが、この男女比が問題なのだ。ヤマダくんの経験上、女性のほうが多いか、せめて男女同数ならばハウス内のバランスは比較的保ちやすい。現に、ヤマダ自身が住んでいた時代からずっと、『バーデン-H』で男性のほうが多数派だった時期は一度もなかった。しかし、男性が多数派となった男女共用シェアハウスに、今後はたして女性の入居希望者が現われるだろうか――?
 厄介なことに、管理会社の新担当者も男性だった。彼とイトウくん、それにヤマダくん自身が面接に同席できたとしても、ハウス側のメンバーが全員男性では、入居希望者の女性も腰が引けるのではないか? ああ――それにつけても、オオシマ女史の退職は想像以上にダメージが大きかった。
 ――そう、ヤマダくんが嘆息しかけた時だった。

「――どうしたの?」
 いつの間に部屋に入ってきたのか、ヤマダくんの背後から妻が声をかけてきた。ZOOM通話が終わり、さらに電話も終わっている気配なのを察して、ようすを見にきたようだ。用事が済んでもなかなかリビングに出てこない夫を心配したのかもしれない。
「ん……あれ、マユは?」
 振り向いて、妻の腕に愛娘が抱かれていないのを見て取ったヤマダくんが訊く
「晩ごはん済んで、今いい子でテレビ観てるとこ。後でお風呂お願いね。……で?」
 そう答えつつ、妻は椅子に座ったままのヤマダくんの顔を覗き込むようにして、重ねて問うた。物言いこそ柔らかかったが、いい加減な返答ではごまかせない気配を漂わせている。
「いや、まあ……じつはさ」
 あきらめて、ヤマダくんは率直に今の悩みを打ち明けることにした。名目上とはいえ、妻も『バーデン-H』の共同経営者だ。隠しても始まらない。
 新しい入居希望者が決まりそうで――このへんはやや、ヤマダくんの希望低観測も混じっているが――このまま決まった場合、一時的にせよ『バーデン-H』の男女比が逆転することになる。そうなった場合、2階の空室を埋めるのが難しくなるのではないか……?
 ひとりでリビングにいるというマユちゃんが気になり、いささか駆け足の説明になったが、ひと通り話を聴くと、妻は何でもないことのように言った。
「――簡単なことじゃない? 女性の入居希望者を面接する時には、わたしが立ち会えばいいんだから」
「え? でも……」
「できないとでも?」
「……いや、そうは言わないけど」
 ヤマダくんとしては、妻の言葉は正直、意外だった。結婚して以来、かつての親友である203号室のタバタさんとも微妙に距離を置き、この『バーデン-S』へ引っ越してからは一度も『バーデン-H』には顔を出していない妻が、まさか自ら入居者面接を買って出るとは。だが、たしかに、そうしてくれるなら非常に助かる。
「じゃあ……頼める?」
 おそるおそる、ヤマダくんが念を押す。妻は大きくうなずき、安心させるような笑みを浮かべた。
「その時がきたら、ね。――だいたい、まだ女性から問い合わせ、1件も来てないんでしょ。いくらなんでも気が早すぎるよ」
 それはそうに違いない。だが、妻の頼もしい言葉に、百万の味方を得たような気がするヤマダくんだった。
(つづく)

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