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第128回 貧困と「限界」シェアハウス

米大統領選では現職のバイデン大統領が不出馬となり、共和党のトランプ前大統領と民主党の
ハリス副大統領の支持率は現時点でほぼ拮抗しております。一方、日本でも自民党総裁選に
現職の岸田総理大臣が不出馬を表明しましたが、後任の座をめぐっては史上最多となる9名が
エントリーしています。そこで引き合いに思い出されるのは、つい2ヶ月ばかり前、史上最多の
56名の候補者が出馬した東京都知事選。といっても、あちらは都民が直接投票するシステムで
あること、現職の小池都知事が出馬していたこと、なんと言っても56名という常識はずれの
候補者数など、今回の自民党総裁選とは明らかに事情が異なりますが……。総裁選出馬の9候補
は、日本記者クラブが主催した9月14日の公開討論会をはじめ、9月15日のNHKの「日曜討論」など、
複数のテレビ番組に出演して議論を戦わせました。およそ選挙前の公開討論会というものは、
ひたすら自分の「過去の実績アピール」と競争相手の「上げ足取り」の場になりがちですが、
米国のように1対1の対決ならいざ知らず、さすがに9名も雁首揃えていては、ひとり当たりの
持ち時間が足りなかったものか、正直なところ、議論としてはいささか浅薄で散漫な印象を受
けました。いずれにせよ、問題が山積するこの国の将来のかじ取り役を買って出ようという、
ある意味、殊勝な心がけの方がたなのですから、それにふさわしい頑張りを期待したいところ
です。

さて、今月も直近のニュースから目についた話題をご紹介して参りましょう。まずは9月4日、
『熊本日日新聞』に掲載された「親、パートナーを頼れない…若い妊産婦の住まい支援 NPO
トナリビト、熊本市でシェアハウス 自立への基盤づくり目指す」( https://kumanichi.com/articles/1534803
という記事から。以下、全文を引用いたします。
「若者の居場所づくりなどに取り組む認定NPO法人トナリビト(熊本市)は7月中旬、京都市の
一般社団法人の委託を受け、親やパートナーを頼れない事情がある10〜20代の妊産婦を対象と
したシェアハウスを熊本市内に設けた。民間組織が妊産婦の住まいを支援するのは県内で初めて。
 シェアハウスは、貧困や虐待問題に取り組む団体への助成事業などに当たる一般社団法人サウ
ンドハウスこどものみらい財団(京都市)の新事業。財団によると、全国では人工妊娠中絶が
年間10万件以上ある。子どもを産みたくても産めない女性の支援を目的に、熊本県内の行政や
医療機関との連携実績があるトナリビトに運営を委託した。運営費は財団が賄う。
 県内では、福田病院(熊本市)が県の補助事業で、熊本市社会福祉協会熊本乳児院が熊本市
の委託で、支援が必要な特定妊婦らに一時的な住まいを無料で提供している。ただ、産後数カ月
で母子生活支援施設などに移るケースもあり、財団とトナリビトは長期間同じ場所で安心して
過ごせる環境が必要と考え、産後1年まで利用できるシェアハウス設立に動いた。
 親を頼れない若者の居場所や緊急シェルターの運営に取り組んできたトナリビトの山下祈恵
代表(37)は『妊娠しても出産を諦めて中絶する女性を見るのが悔しかった』と打ち明ける。
『産む前も産む時も産んだ後も女性を孤立させないようにしたい。シェアハウスのスタッフが
出産時に立ち会えるよう、医療機関に働きかけたい』と話す。
 シェアハウスは『みらいはうす熊本』。個室2部屋があり、ベッドや授乳用のチェアを備える。
キッチンやリビング、浴室、トイレは共同で、食事や洗濯といった家事は基本的に入居者自身が
担う。家賃や光熱水費、食費、通信費を含め月5万円の支払いが必要で、収入に応じて免除や減額
も検討する。
 つわりなどで体調が優れない場合、スタッフが手伝う。妊娠出産に関する相談のほか、受診
や行政手続きにも同行する。産後の夜泣きへの対応のほか、就労や保育園探しもサポートし、
女性の自立に向けた基盤づくりを目指す。
 財団の中島尚彦代表理事(66)=東京都=は『子どもが生まれた後、母子が安心できる環境
を整えることが重要と考えている。子どもが成長するまで見守っていく』と話している。
 シェアハウスは現在、1人が入居し、残り1部屋も近く埋まる見通しという。受け入れ数をどう
増やしていくかが今後の課題だ。相談はトナリビトの公式LINE(ライン)から。(横川千夏/
2024年9月4日 06:05更新)」
こちらはご覧のように横川千夏氏の署名記事です。少し調べてみると、横川氏は熊本県出身で、
九州大学法学部卒業。地域と学生をつなぐまちづくりに取り組む学生団体「iTOP」に所属……
とあります。どうやら(株)熊本日日新聞社の社員記者というわけではなく、フリーライター
という立ち位置のようです。記事中に出てくるNPO法人トナリビトや、京都市の一般社団法人
サウンドハウスこどものみらい財団との関係は不明ですが、もともとこの種の社会的な活動に
積極的に参加してきたらしい横川氏の記事だけに、一読して、完全にニュートラルな立場という
よりは、やや主催者寄りの意識で書かれていることがわかります。とはいえ、適度に抑制の
利いた文体で客観性も備わっており、若さに似合わず高いプロ意識が感じられる文章になっています
(ひょっとすると、『熊本日日新聞』のデスクあたりが記事に手を入れているのかもしれません
が……)。なお、ここに出てくるシェアハウスは「貧困や虐待問題に取り組む団体への助成事業」
と位置づけられており、ビジネスとしての収益性はあまり考慮されていないようですが、入居者
のターゲティングや公益事業の協力など、一般のシェアハウス大家さんにとっても参考になる
取り組みとなっています。

続きまして……これは特定の記事、というより、最近いくつかの記事にまたがって散見される
ようになったフレーズなのですが……「限界シェアハウス」という言葉を聞いたことがあるで
しょうか? 扶桑社の週刊誌『週刊SPA!』が運営するニュースサイト『日刊SPA!』で不定期掲載
されている「[親ガチャ貧困]の実態」というシリーズ企画
https://nikkan-spa.jp/spa_feature_group_name/%ef%bc%bb%e8%a6%aa%e3%82%ac%e3%83%81%e3%83%a3%e8%b2%a7%e5%9b%b0%ef%bc%bd%e3%81%ae%e5%ae%9f%e6%85%8b
の記事群があるのですが、その定型リード文に出てくる用語です。ちなみに、以下の通り。
「若者の『見えない貧困』が広がっている。旧来型のネカフェを根城にするケースだけでなく、
『限界シェアハウス』が増えたことで路上生活をせずともその日暮らしを続けていけるからだ。
 人手不足で就職市場は空前の売り手市場と言われているが、若い人材が引手数多な一方で、
貧困から抜け出せない若者も多い。そして、彼らの多くは“親ガチャ”を理由に世代を超えた
負の連鎖を断ち切れずにいる……。そんな過酷な環境で暮らす若者を徹底取材。『忘れ去られた
若者たち』にスポットを当てる」
どうやら、「限界集落」などの用法で「限界」を「シェアハウス」の接頭語として使っている
ようです。意味としては、「底辺の中の最底辺」というか、かれこれ10年以上前に「脱法シェア
ハウス」とか「違法貸しルーム」として社会問題になったような物件――その後、厳しい司直
の手入れが行われて一掃されたはずの――を指しているものと思われます。
なお、「限界シェアハウス」という言葉自体は『日刊SPA!』の造語というわけでもなく、ざっと
調べてみると、コロナ禍の2021年頃からネットスラングとして一部で用いられていたようです。
上に引用した定型リード文の中では「増えた」と言い切っていますが、数値等が記載されている
わけではないので、特に「いわゆる『限界シェアハウス』が増えた」というデータ的な根拠は
ないように思われます。また、掲載されている各記事の事例は、いずれも壮絶なエピソードであり、
それぞれ「事実」ではあるようですが……彼らが最底辺のシェアハウスで暮らしていることと、
彼らの過去や現在の状況とは、じつのところ、何らかの因果関係があるというわけではなさそうです。なお、一時期「タワーマンション居住者同士の低レベルなマウント合戦」をテーマとした
「タワマン文学」と称する実話風創作群が一部で話題になりましたが、最近、それらの作者が
「限界シェアハウス文学」と称する新ジャンルを執筆・発表し始めているとのことです。幸か
不幸か、一般にはまだ普及していないようですが……もしかすると、『日刊SPA!』の「[親ガチャ
貧困]の実態」シリーズもまた、そんな「限界シェアハウス文学」としての創作なのかもしいれません。

次に、(株)ワン・パブリッシングが運営する「モノ・コト・暮らし」の深掘りレビュー&ニュ
ース『GetNavi web』に9月7日付けで掲載された「米の『シェアハウス』、若者を引きつける魅
力とは?」( https://getnavi.jp/world/982588/ )という記事。これは、佐藤まきこ氏という
ライターの署名記事となっていますが、佐藤氏が直接取材したわけではなく、8月3日付けで『New
York Post』紙に掲載された「I pay $2,100 a month in rent to live with 23 roommates and
share a bathroom in NYC—here’s what it’s like. /直訳:私は月々 2,100 ドルの
家賃を払って、ニューヨークで 23 人のルームメイトと暮らし、バスルームを共有しています」
https://nypost.com/2024/09/03/lifestyle/i-pay-2100-a-month-in-rent-to-live-with-23-roommates-and-share-a-bathroom-in-nyc-heres-what-its-like/
という記事を翻訳したものをベースに書かれたようです。一応、出だしの部分のみ引用すると、
「ワンルームタイプで平均家賃が3000ドル(約43万円※)以上にもなる米・ニューヨークで、
家賃を月2100ドル(約30万円)に抑えている男性がいます。その秘密は、シェアハウスでした。
※1ドル=約144円で換算(2024年9月5日現在)(後略)」
といったものになります。1ヶ月の家賃が日本円にして約30万円かかっていて、それで「家賃を
抑えている」と言うのですから、日米間の経済格差の深刻さがよくわかります。少なくとも、
日本のような「限界シェアハウス」は、米国ではまず考えられないようですね。記事の趣旨と
しては、「米国では複数人で部屋を賃貸する『ルームシェア』の形が一般的」であるのに対して、
この記事の主人公が住んでいるのは「日本のシェアハウスと基本的なシステムはほぼ同じ」
ということで、「シャワーを使うのに15分待たされたことがあった」というセリフが、記事中
ほとんど唯一のハウスに対する不満として書かれています。とはいえ、この主人公は少なくとも
毎月約30万円もの家賃を払って平然と暮らしていけるだけの経済力を持っているのですから、
日本で「限界シェアハウス」にしか住めない人びとと同一視することはできないでしょう。

最後に、シェアハウス関係で最近出されたプレスリリースをいくつかチェックしてみましょう。
まずは、「現役バリバリのマンガ家が集まるワンルーム型『トキワ荘』オープン/プライベート
と交流を両立、商業制作をビジネス面から後押し」(
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000026.000055034.html )。
シェアハウスを活かした「現代のトキワ壮プロジェクト」に関しては、これまで何度か当コラムで取り上げてきましたが、
これまではあくまで「マンガ家志望のアマチュア」を対象にしたものでした。今回のプレスリ
リースでは「現役バリバリのマンガ家」を対象としているのが特徴と言えますが……昨今は
マンガ家の作品発表の場所といっても紙媒体のマンガ雑誌だけでなく、ネット連載などが大半を
占めますから、現役マンガ家というカテゴリに当てはまる入居者は想像以上に多くなるかもしれません。

もう1本、「【イベント開催!】10月12日(土)、14日(月)、一般社団法人Masterpiece主催、
5年間の歩みについて報告会を開催いたします。(
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000145252.html )という
プレスリリースもご紹介しておきます。こちらは、「(前略)2017年、プレシェアハウスから活動を
スタート。場所を作ってから、多くの若者がハウスを訪れるようになり、シェアハウスの必要性を実感。
児童相談所での非常勤勤務をしているかたわら、シェアハウスの運営や、若者の相談対応を行う
など、ニーズに合わせながら事業を広げてまいりました(後略)」ということです。

9月に入り、徐々に新米が流通するようになってきましたが、未だにス−パーの店頭などでは
「米が入荷すると、一瞬で完売してしまう……」という、コロナ禍のマスクのような品不足が
続いています。マスコミは「令和の米騒動」などと無責任に煽るばかりで、一向に改善される
ようすはありません。実際には、昭和期の米騒動はもちろん、1993年の冷夏を原因とする「平成
の米騒動」時と比べても、米が不足しているわけではないようなのですが……。ここでも、正確な
情報の入手と理性的な対応だけがカギになりそうです。
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